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宝寿院顕重

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

宝寿院 顕重(ほうじゅいん けんちょう、生年不詳 - 明応2年閏4月9日〈1493年5月24日〉)は、祇園社(現・八坂神社)の社務執行を務めた人物である。

応仁の乱によって全焼した祇園社の社殿再興事業を推し進め、明応元年の正遷宮を執行として務めたことで知られる。

生涯・事績

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社務執行職の継承と復職

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室町時代中期、祇園社の前社務執行である宝寿院顕宥より社務執行職および諸職・所帯の譲渡を受け、文正元年(1466年)3月には「祇園執行」を名乗っており、同年9月20日付で正式な譲状を受けた。

しかし、応仁の乱(1467年 - 1469年)の勃発に伴い、権長吏の顕永や顕純との間で執行職の権利を巡る激しい対立が生じ、一時顕純によって執行職を奪われた。その後、顕重は室町幕府へ訴訟を起こし、文明4年(1472年)10月に幕府奉行人の裁定によって再び「祇園社務執行職」の安堵を受け、復職を果たした。

応仁の乱と社殿復興の時系列

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顕重が社務執行を務めた時期は、応仁の乱による社殿全焼からの復興期にあたっており、以下の時系列を経て社殿の再興と正遷宮が達成された。

  • 応仁元年(1467年)
    • 6月8日:京市中での大火(上京大焼)により、同年の祇園祭(祭礼)の中絶を余儀なくされる。
    • 9月18日:応仁の乱の兵火を受け、祇園社は本殿・拝殿・門々・末社に至る全社殿が炎上・焼失する。御神体は一時境内の林中へ退避された後、急造された仮屋(仮殿)へ遷座された。
    • 12月:仮殿への仮遷宮が行われる。
  • 文明2年(1470年)3月9日:室町幕府第8代将軍・足利義政により、境内の西門が再建される。
  • 文明13年(1481年):社殿再興のための造営事始が開示され、本殿・拝殿・楼門・神楽殿・薬師堂などの本格的な建築再行が推進される。
  • 明応元年(1492年)11月18日:新造された社殿への正遷宮が執り行われ、顕重は祇園執行として自ら出仕・奉行を務め、社殿復興を一区切りさせた。

社領支配と職権行使

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社務執行として、社領の徴収・管理や役職補任の権限を行使した。

  • 文明16年(1484年)11月18日付の請取状に見られるように、丹波国波々伯部保をはじめとする社領の年貢・地子の徴収・実務を管理した。
  • 長享3年(1489年)2月7日付の補任状では、祇園社領である播磨国広峯代官職に「寿宝蔵主禅師」を補任し、年貢・公事の厳密な執り行いを義務付けるとともに、懈怠があった場合の改易条項を定めるなど社領支配を強化した。

明応の御遷宮トラブルと神罰伝承

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明応元年(1492年)11月18日の正遷宮において、顕重は出仕・奉行を務めたが、この遷宮を巡って社内での対立やトラブルが発生した。

下行(手当)問題と配役の不満

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遷宮の際の手当(精進料等の下行)について、従来(先規)は宮仕へ3貫文、承仕方へ2貫文を支給し、他には手当を出さないのが慣例であった。しかし顕重は、僧中へ5貫文、仕3人へ3貫文を配給する一方で、実務の多くを担う宮仕への支給額を3貫文のまま据え置いた。

これに対し、別格の労苦を担った宮仕らは「言語道断のしわざである」と猛反発して訴訟を起こした。訴訟を受けて「追って追加の下行(支給)を行う」という約定(請取)が交わされたものの、追加支給が実行されないまま翌年に顕重が急死したため、この問題は沙汰やみ(不問)となった。

また、幕府(公方)から過分な祝儀・寄進(御訪)があったにもかかわらず対応が疎か(聊爾)であったことや、座に敷く薦(コモ)や御階の扱い、配役などにおいても先規違反や非礼を重ねたとして非難を浴びた。

急死と神罰伝承

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御遷宮の直後(11月18日〜24日の17日間)、顕重は激しい頭痛(頭重)に見舞われ、社頭西の間に参籠した。体調は回復せず、翌明応2年(1493年)閏4月9日(史料により4月18日夜とも)に死去した。

この急死について、中世の祇園社実務記録である『祇園社記 第十四』(内題『祇園社雑々日記』)や、江戸時代に編纂された『祇園本縁雑実記』などの史料には、「顕重法印は御遷宮における先規違反や神事への非礼により、御罰(神罰・祟り)を蒙って程なく死去した」との伝承・記述が書き残されている。

没後、祇園社務執行職は宝寿院顕増(幼名「玉寿」)へ継承された。

脚注

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参考文献

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  • 『八坂神社文書』(上巻・下巻)
  • 『八坂神社記録』(第3巻・第4巻)
  • 『新修八坂神社文書(中世篇)』
  • 『祇園社記 第十四』(『祇園社雑々日記』)
  • 『祇園本縁雑実記』