村沢良介
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| 村沢 良介 | |
|---|---|
| 出生名 | 村澤 可雄(むらさわ よしお) |
| 別名 |
チコ早苗[1] 沢しげと[2] |
| 生誕 | 1926年8月12日 |
| 出身地 |
|
| 死没 |
2025年11月17日(99歳没) |
| ジャンル | 演歌・歌謡曲 |
| 職業 | ソングライター |
村沢 良介(むらさわ りょうすけ、1926年8月12日 - 2025年11月17日)は、日本のソングライター。演歌の楽曲を手がけていた。別名義に「チコ早苗[1]」「沢しげと[2]」がある。歌手としても活動した。本名は村澤可雄(むらさわ よしお)[3][4]。
略歴・人物
[編集]作曲家倉若晴生に弟子入りする。1946年に「村澤可夫」名義で「たそがれの驛」で歌手デビュー。「村澤良夫」名義でのレコードも多数ある。恩師・倉若作曲の田端義夫「かえり船」が大ヒットした時期には、戦前の軍部との軋轢の関係で関東行きを渋っていた田端に代わり、ギターを抱えて関東一円を行脚する。
昭和29年発売の「黄昏のプラットホーム」を最後に歌手をやめ、作曲家へと転向する。最初の頃は「村沢可夫」名義で活動。
作曲家としては、鈴木三重子の「愛ちゃんはお嫁に」の大ヒットで一躍注目を浴びる。このほか代表作に「口笛が聞こえる港町」「おんな占い」「大阪ふたり」など。
飼っている猫の名前と妻の名前を合わせた「チコ早苗」[1]名義で作曲した「流れて津軽」は、2007年1月に藤田まさと賞・特別賞を受賞した[5][6]。
2025年11月17日、老衰のため東京都内の病院で死去した。99歳没。訃報は同年12月9日、専属先のテイチクエンタテインメントにより公表された[3][4]。
楽曲提供作品
[編集]- 浅丘ルリ子
- さよならの季節(作詞:二条冬詩夫 1971年)
- 石原裕次郎
- 桂竜士
- 流れて津軽 [注釈 1]
- 昭和挽歌(1994年)
- 島津亜矢
- 一本刀土俵入り(1992年)
- 関の弥太っぺ(1992年)
- 小鉄の女房(1992年)[注釈 2]
- お梶/沓掛時次郎(1993年)
- 桃色鴉(1994年)
- お蔦/森の石松(1995年)
- 花の幡隨院/大忠臣蔵(1996年)
- お初/鶴八鶴次郎(1996年)
- おりょう/伊那の勘太郎(1997年)
- 梅川/男…新門辰五郎(1999年)
- おさん/切られ与三(2000年)
- お梅/仲乗り新三(2002年)
- お七/仁侠吉良港(2004年)[注釈 3]
- 小春/赤城山(2006年)
- 流れて津軽(2006年)[注釈 1]
- お吉(2006年)
- お徳/大利根しぐれ(2007年)
- おつう/天竜三度笠(2009年)[注釈 4]
- 浦里/女優・須磨子(2009年)
- お光(2010年)
- 忠治侠客旅/雪の舞い(2011年)[注釈 5]
- お玉/亜矢の三度笠(2011年)[注釈 6]
- 八重/三味線やくざ(2012年)
- お染/夕霧(2014年)
- 阿吽の花(2016年)
- 白根一男
- 島の次男坊(作詞:清水みのる 1957年)
- 鈴木三重子
- 田端義夫
- 大阪ふたり(作詞:もず唱平 1981年)
- 鶴岡雅義と東京ロマンチカ
- 愛に散りたい(作詞:上月たかし 1969年)
- 天童よしみ
- 隅田川…橋めぐり(1998年)
- 中村美律子
- 南有二とフルセイズ
- おんな占い(作詞:二条冬詩夫 1970年) - のちに田端義夫がカバー
- おんな流れ唄(作詞:二条冬詩夫 1970年)
- 恋占い(作詞:二条冬詩夫 1971年)
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- 1 2 3 競作・麦畑 - 内藤やすお|演歌十八番 内藤やすおブログ
- 1 2 みたかずよ | アーティスト | ひかりTVミュージック
- 1 2 “作曲家・村沢良介氏が死去、99歳 三波春夫、石原裕次郎らに作品提供”. サンスポ (2025年12月9日). 2025年12月9日閲覧。
- 1 2 “【訃報】テイチク専属作曲家・村沢良介氏が逝去、99歳 | Musicman”. 音楽業界総合情報サイト | Musicman (2025年12月9日). 2025年12月9日閲覧。
- ↑ 日本音楽著作家連合 藤田まさと賞
- ↑ 桂:俺の恩師 村澤良介先生と | 桂竜士公式 オフィシャルブログ