聖職者



聖職者(せいしょくしゃ、希: κλῆρος、羅: clerus、英: clergy, cleric)は、宗教上の聖職に就いている人[1]。(宗教的に)人々を導き、教える役割を果たしている人のこと[2]。対義語は、平信徒。
概説
[編集]聖職という言葉には「神聖な職」という意味がある[3]。宗教学的には一般信徒から少なくとも機能的に分かれたグループとして位置づけられる[4]。
ヤン・ヴァン・ブラフトは、聖職者について、宗教は技能に還元されるものではないが、教えの体得や禅定の工夫など技術の側面もあるとし、「ほとんどの宗教には、宗教的な営みに専修することを許されたか要求された人々が見られる」としている[4]。
「聖職者」は宗教によって特有の性質が異なるなど複雑で定義しにくいものと考えられており、その例として仏教の「僧」を西洋の言葉で訳すことが難しくmonkとすべきかpriestとすべきかという問題がある[4]。
ブラフトは「聖職者」には4つの要素があると分析し、それぞれの宗教の性質と構造によってどこにアクセントが置かれるかが異なるとした[4]。
- 聖性の側面
- 職種の側面
ブラフトはこれら4つの要素をもつ聖職者がすべての宗教にみられるわけではないとし、また、これらの区別は理念型に過ぎず、実際の聖職者はこれらの要素の幾つかが混合した存在としている[4]。
キリスト教における聖職者
[編集]キリスト教では、「聖職者」と呼ぶ範囲・対象について、教派ごとに違いがある。
正教会では神品(主教・司祭・輔祭)が聖職者と位置づけられる。神品以外の教衆(副輔祭、誦経者、詠隊、堂役等)は教役者には含まれるが、聖職者には含まれない[5]。
カトリック教会では司教・司祭・助祭が聖職者であるとされる[6]。カトリック教会では聖職者と教役者はほぼ同義となっている[7]。
聖公会では主教・司祭・執事が聖職者でありかつ教役者とされる[8]。伝道師等は教役者には含まれるが聖職者には含まれない。聖公会においては各教会の管理責任者は牧師の役職として位置づけられる[9]。
プロテスタントでは「万人祭司」の教理から、牧師を聖職者とは呼ばず、「教役者」もしくは「教職者」と呼ぶ。教会での説教など職務の内容や性格は他から見て、カトリックの司祭などと同様に見える部分はあるため、一般的な日本語においては牧師も聖職者と呼ばれる[10]が、牧師が聖職者(司祭)でないというのは、プロテスタントの教義においては重要な点である。
| 三聖職位の教派別対照表 | |||||
| - | 東方教会 | 西方教会 | |||
| ギリシア語[11] | 英語[12][13] | 正教会[14] | カトリック教会[15] | 聖公会[16] | プロテスタント (一例)[17] |
| Επίσκοπος | Bishop | 主教 | 司教 | 主教 | 監督[* 1] |
| Πρεσβύτερος:聖職位 Πάτερ:呼称 Εφημέριος:役職 |
Priest:聖職位 Father:呼称 Parson:役職 |
司祭:聖職位 神父[* 2]:呼称 管轄司祭:役職 |
司祭:聖職位 神父:呼称 主任司祭:役職 |
司祭:聖職位 司祭/先生/師[* 3]/神父[* 4]:呼称 牧師(Rector,Vicar):役職[* 5] |
(正教師:資格[* 6]) 牧師/先生/師[* 3]:呼称 牧師(Pastor):役職[* 7] |
| Διάκονος | Deacon | 輔祭 | 助祭 | 執事 | 執事/副牧師/補教師[* 8] |
- ↑ ルーテル教会、メソジスト監督教会などにおいて。位置付けは正教会/カトリック教会/聖公会などの主教/司教とは全く異なる。
- ↑ コンスタンティノープル総主教庁系列などの一部の正教会では輔祭の敬称としても用いられる[18]。
- 1 2 かしこまった文書において、名前の後に敬称として付加する。
- ↑ 英語圏では「Father」という敬称は比較的広く使われる[19]が、日本では稀で、修道司祭を神父と呼ぶケースにほぼ限られる[20][21]。同じ漢字文化圏でも、ハイ・チャーチの影響が強い大韓聖公会では「神父(신부)」という敬称が広く使われており[22]、「女性神父(여성 신부)」なる語さえある[23]。(ただし、韓国語では「婦」も「父」と同じ発音・同じハングル表記である。)
- ↑ 概念および原語はプロテスタントの牧師(Pastor)とは異なり、一箇教会の司牧責任者たる司祭または主教のことを指す。また、大韓聖公会では「牧師(목사)」という語は用いられない[22]。
- ↑ 日本基督教団などにおいて[24]。聖職位ではなくあくまで「資格」であり、概念は司祭(Priest)とは全く異なる。
- ↑ プロテスタントにおける牧師は、正教会、カトリック教会、聖公会における司祭とは位置付けが異なる。
- ↑ プロテスタントにおける執事・副牧師・補教師の位置付けは多様であるが、いずれにしても正教会における輔祭、カトリック教会における助祭、聖公会における執事とは、位置付けや役割が異なることが多い。特に長老制・会衆制を採る教会では、教職者ではない平信徒が執事に任ぜられる[17]。
イスラームにおける聖職者
[編集]イスラームにおいては、神と人間の間に仲介者を置かないという理念に加え、平信徒と異なる戒律に従う階級や、信徒や宗教者を一元的に管理・認定する機関(総本山や最高権威)が存在しないことから、一般に公式な制度としての「聖職者」は存在しないと理解される[25][26]。しかし現実の社会においては、クルアーンやハディース、イスラーム法(シャリーア)に関する高度な知識(イルム)を持つウラマー(宗教学者)が存在し、事実上の宗教指導者として他宗教の聖職者と同様の社会的機能を果たしてきた[26][27]初期のウラマーは専門の職業ではなく、生業を持つ傍らでハルカ(車座)などの私的な場で知識を伝授していた。彼らは公的な機関によって認定されるのではなく、イジャーザ(教授許可証)を用いた独自の師弟関係や周囲からの評判といった属人的なネットワークを通じて権威を獲得し、法官(カーディー)や教師など多様な役割を担う不可欠な指導者として位置づけられるようになった[25][27][26]。ウラマーが一つの社会層として明確な影響力を持つようになったのは、アッバース朝時代以降とされる。国家の支援を受けて法解釈や裁判、教育を担うことで、彼らは社会の各層や地域を統合する役割も果たし、政治的支配権力と相互依存の関係を築き上げた[28]。11世紀以降にはマドラサ(学院)の普及に伴ってウラマーの職業化が進展し、17世紀以降のオスマン帝国においては「イルミエ」と呼ばれる位階制度が整備されるなど、段階的な組織化も図られた[25]。
これら宗教知識人の階層構造や権威のあり方は、宗派や時代によって異なる。スンナ派においては、普遍的・一元的な制度としての聖職者位階は存在せず、伝統的には法学派(マズハブ)を通じた権威が保たれてきた。ただし、エジプトのアズハルのように、国家と結びついた事実上の制度的序列が形成されている地域も存在する。しかし近代以降、世俗主義的国家によるワクフ(宗教寄進財産)の没収で経済的基盤が弱体化したことに加え、西洋法の導入や教育の世俗化により、伝統的なウラマーは官職や教育の独占的地位を失っていった[28]。また、19世紀以降にイスラーム世界へ本格的に普及した印刷技術によって原典を直接参照しやすくなったことも、ウラマーによる知識の独占的継承を揺るがす一因となった[26]。さらに、マズハブへの盲従を批判してハディースなどの原典に直接立ち返ることを主張するサラフィー主義(ナースィルッディーン・アル=アルバニなど)の台頭や、ムスリム同胞団のような新たなイスラーム政治運動は、伝統的ウラマーの権威に依拠せず一般信徒を直接組織・動員する運動形態をとったことで、ウラマーが担ってきた宗教的指導の独占的地位を間接的に揺るがすこととなった[27][26]。
一方、シーア派(特に十二イマーム派)においては、第12代イマームの「隠れ(ガイバ)」以降、信徒を導く権威の所在が問題となった。歴史的にはサファヴィー朝によるシーア派の国教化を契機に、国家の宗教行政を担う役職が設けられ、ウラマーの地位が制度化された[29]。さらに、18世紀に伝統主義(アフバール学派)に対する合理主義(ウスール学派)が勝利すると、高度な法解釈(イジュティハード)を行う権限を持つムジュタヒドの役割が確立され、ウラマーはイマームの代行として独自の権限を拡大させていった[30][31]。近代以降、その位階制度はより明確化され、アーヤトッラー、そしてその頂点に位置する「マルジャエ・タクリード」という階層が形成されている[30][29]。さらに1979年のイラン・イスラーム革命以降は、ルーホッラー・ホメイニーが提唱した「ウィラーヤテ・ファキーフ」(法学者の統治)に基づき、宗教法学者が最高指導者として国家の政治的・宗教的権威の頂点に立つ体制が構築されている[30][29]。
転用や比喩
[編集]学校教師はただ教科を教えるだけでなく、人間としての生き方を教えることを期待されるので、しばしば「聖職者」と形容されるが、これは本来的な用法ではない。
出典
[編集]- ↑ 大辞泉
- ↑ 広辞苑
- ↑ 広辞苑 第五版 p.1470
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 ヤン・ヴァン・ブラフト. “世界宗教の条件と課題”. 南山宗教文化研究所. 2022年3月28日閲覧。
- ↑ 聖職者と修道士
- ↑ キリスト教入門・火曜講座
- ↑ 喜びと希望(Gaudium et spes)
- ↑ 日本聖公会東京教区の"more"ページ
- ↑ 聖アンデレ教会で皆さんをお迎えする聖職者たち
- ↑ 新村出(編)『広辞苑 第五版』岩波書店、2004年、項目「聖職者」「牧師」頁。
- ↑ Ο Επίσκοπος, οι Πρεσβύτεροι και οι Διάκονοι
- ↑ 聖公会の出典:Anglicans Online | The Catechism or an Outline of the Faith
- ↑ Clergy Etiquette
- ↑ 正教会の出典:聖職者と修道士
- ↑ カトリック東京大司教区 司祭とは
- ↑ 日本聖公会 北関東教区 - 聖公会とは
- 1 2 『キリスト教大事典』478頁、教文館、昭和48年9月30日 改訂新版第二版
- ↑ “Etiquette and Protocol”. Greek Orthodox Archdiocese of America. 2009年4月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年3月21日閲覧。
- ↑ “Clergy & Staff” (英語). St. Aidan's Episcopal Church. 2021年9月21日閲覧。
- ↑ “信徒の働きを生かす英国の教会”. 日本聖公会 管区事務所 (2003年11月5日). 2021年9月21日閲覧。
- ↑ “一つの修女会の発展的解消”. 日本聖公会 中部教区 (2014年7月1日). 2021年9月21日閲覧。
- 1 2 “성공회, 성직자, 호칭, 복장, 교회 성장(聖公会、聖職者、呼称、服、教会成長)”. 성공회 질문 답변(聖公会質問回答) (2001年1月21日). 2021年10月14日閲覧。
- ↑ “26일 은퇴하는 ‘첫 여성사제’ 민병옥 신부(26日に引退する「初の女性司祭」閔丙玉神父)”. 서울신문(ソウル新聞) (2011年4月13日). 2021年10月14日閲覧。
- ↑ “教規 -第5章- - 日本基督教団公式サイト”. 2021年3月6日閲覧。
- 1 2 3 森山央朗『「イスラーム的」動員の回路――スーフィズムと市民運動』日本国際問題研究所、2017年。
- 1 2 3 4 5 Emad Hamdeh (2021年2月22日). “Traditional Ulama, Salafism, and Religious Authority”. Maydan. 2026年5月10日閲覧。
- 1 2 3 Denise A. Spellberg (2018年5月3日). “Ulama”. Encyclopedia of the Modern Middle East and North Africa.
- 1 2 湯川武. “ウラマー”. 改訂新版 世界大百科事典. 平凡社.
- 1 2 3 Rainer Brunner (2010年10月1日). “SHIʿITE DOCTRINE ii. Hierarchy in the Imamiyya”. Encyclopaedia Iranica.
- 1 2 3 Andrew J. Newman (2026年2月27日). “Twelver Shiʿah”. Encyclopedia Britannica.
- ↑ “マルジャエ・タクリード”. ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典.