113番元素の名前の案「ニホニウム」に 国際機関が発表
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日本の理化学研究所のグループが発見し、日本に初めて命名権が与えられた「113番元素」について、化学に関する国際機関は名前の案を日本の提案どおり、日本ということばを取り入れた「ニホニウム」に決め、日本時間の8日午後10時半、ホームページで発表しました。また、元素記号の案を「Nh」に決めたと併せて発表しました。
物質の元になる元素のうち、九州大学の森田浩介教授を中心とする理化学研究所のグループが12年前に、埼玉県和光市にある大型の実験装置を使って人工的に作り出すことに成功した113番目の元素について、化学に関する国際機関、「国際純正・応用化学連合」は去年12月、正式に元素として認定し、命名権を日本に与えました。
これを受けて、理化学研究所のグループは名前と元素記号の案をことし3月、国際機関に提出し、国際機関がふさわしいものかどうか審査を行ってきました。
その結果、国際機関は「113番元素」の名前の案を日本の提案どおり、日本ということばを取り入れた「ニホニウム」に決め、日本時間の8日午後10時半、ホームページで発表しました。また、併せて元素記号の案を「Nh」に決めたと発表しました。
国際機関では、これから5か月間、一般から意見を募集したうえで、ことしの末か来年のはじめごろ、名前と元素記号を正式に決定する見通しです。決定すれば、世界中の教科書などに掲載されている、すべての元素を一覧にした周期表に「ニホニウム」の名前が書き加えられることになります。
これを受けて、理化学研究所のグループは名前と元素記号の案をことし3月、国際機関に提出し、国際機関がふさわしいものかどうか審査を行ってきました。
その結果、国際機関は「113番元素」の名前の案を日本の提案どおり、日本ということばを取り入れた「ニホニウム」に決め、日本時間の8日午後10時半、ホームページで発表しました。また、併せて元素記号の案を「Nh」に決めたと発表しました。
国際機関では、これから5か月間、一般から意見を募集したうえで、ことしの末か来年のはじめごろ、名前と元素記号を正式に決定する見通しです。決定すれば、世界中の教科書などに掲載されている、すべての元素を一覧にした周期表に「ニホニウム」の名前が書き加えられることになります。
森田教授「大変光栄なこと」
113番元素を発見した理化学研究所のグループのリーダーを務める、九州大学の森田浩介教授は8日午後10時半すぎ、コメントを発表しました。
この中で、森田教授は「長い元素発見の歴史の中で、欧米以外の国で元素を発見したグループはありませんでした。今回、新元素の認定と命名はアジア初のことであります。私たちは、応援してくださった日本の皆さんのことを思い、新元素を『ニホニウム』と命名致しました。国際機関によって最終決定されれば、周期表の一席を占めることになります。人類の知的財産として将来にわたり、継承される周期表に日本を中心とする研究グループが発見した元素と、その名前が載ることは大変光栄なことです」と喜びの気持ちを明らかにしました。
この中で、森田教授は「長い元素発見の歴史の中で、欧米以外の国で元素を発見したグループはありませんでした。今回、新元素の認定と命名はアジア初のことであります。私たちは、応援してくださった日本の皆さんのことを思い、新元素を『ニホニウム』と命名致しました。国際機関によって最終決定されれば、周期表の一席を占めることになります。人類の知的財産として将来にわたり、継承される周期表に日本を中心とする研究グループが発見した元素と、その名前が載ることは大変光栄なことです」と喜びの気持ちを明らかにしました。
113番元素 どのように発見?
113番元素は、どのように発見されたのでしょうか。
理化学研究所のグループは、埼玉県和光市にある加速器と呼ばれる大型の実験装置を使って、ビスマスという金属に亜鉛を衝突させる実験を繰り返しました。すると、ごくまれに原子番号83番のビスマスの原子核と原子番号30番の亜鉛の原子核が一つになる「核融合反応」が起きます。
元素には原子番号と同じ数だけの「陽子」があるため、このとき、理論上は83番と30番を足して、「陽子」が113個ある原子番号113番の新しい元素が誕生することになります。
ただ、実際には、それが本当に「113番元素」なのか、直接確認することができません。このため、理化学研究所のグループでは元素が壊れる様子を詳しく調べました。
その結果、「陽子」が6回にわたって合わせて12個飛び出し、原子番号も12番小さい原子番号101番のメンデレビウムに変わったことが分かり、最初に作り出された元素は、陽子が113個ある「113番」であることが確認されました。
理化学研究所のグループは、埼玉県和光市にある加速器と呼ばれる大型の実験装置を使って、ビスマスという金属に亜鉛を衝突させる実験を繰り返しました。すると、ごくまれに原子番号83番のビスマスの原子核と原子番号30番の亜鉛の原子核が一つになる「核融合反応」が起きます。
元素には原子番号と同じ数だけの「陽子」があるため、このとき、理論上は83番と30番を足して、「陽子」が113個ある原子番号113番の新しい元素が誕生することになります。
ただ、実際には、それが本当に「113番元素」なのか、直接確認することができません。このため、理化学研究所のグループでは元素が壊れる様子を詳しく調べました。
その結果、「陽子」が6回にわたって合わせて12個飛び出し、原子番号も12番小さい原子番号101番のメンデレビウムに変わったことが分かり、最初に作り出された元素は、陽子が113個ある「113番」であることが確認されました。
「ニホニウム」の由来は?
113番元素の名前の案に決まった「ニホニウム」、アルファベットで、「nihonium」とは、どのような由来の名前なのでしょうか。
新しい元素に名前をつける際には、語尾にアルファベットで「ium」を付けることがルールとなっています。そして、慣習として、神話や、研究拠点がある地域名、著名な科学者、それに元素の性質などに由来することがふさわしいとされています。
今回の「ニホニウム」という名前は元素が発見された国、「日本」、ローマ字つづりで「nihon」に「ium」をつけて「nihonium」となりました。
一方で、「ニッポン」ということばを使って、「ニッポニウム」とはできなかったのでしょうか。理化学研究所によりますと、実は「ニッポニウム」という名前は、かつて明治41年に日本人研究者によって「43番元素」につけられたことがあります。しかし、この元素の発見は、あとになって誤りだったことが分かり、名前は取り消されました。取り消された名前であっても一度、つけられたことがある名前は混乱を避けるために再び使用することはできないということです。
新しい元素に名前をつける際には、語尾にアルファベットで「ium」を付けることがルールとなっています。そして、慣習として、神話や、研究拠点がある地域名、著名な科学者、それに元素の性質などに由来することがふさわしいとされています。
今回の「ニホニウム」という名前は元素が発見された国、「日本」、ローマ字つづりで「nihon」に「ium」をつけて「nihonium」となりました。
一方で、「ニッポン」ということばを使って、「ニッポニウム」とはできなかったのでしょうか。理化学研究所によりますと、実は「ニッポニウム」という名前は、かつて明治41年に日本人研究者によって「43番元素」につけられたことがあります。しかし、この元素の発見は、あとになって誤りだったことが分かり、名前は取り消されました。取り消された名前であっても一度、つけられたことがある名前は混乱を避けるために再び使用することはできないということです。
最近の命名例は?
化学に関する国際機関、「国際純正・応用化学連合」は正式に元素として認めると、作り出した研究グループに命名権を与えます。そして、研究グループからの提案が元素の名前としてふさわしいものかどうかを審査し、一般からも意見を募ったうえで、正式に名前を決定します。
最近では2012年に、いずれもロシアとアメリカの共同研究チームが作り出した114番と116番の2つの元素に名前がつけられ、114番には、ロシアの著名な物理学者、「フレロフ」にちなんで「フレロビウム」という名前が、116番はアメリカでの研究拠点となったカリフォルニア州リバモアにちなんで「リバモリウム」という名前が、それぞれつけられています。
最近では2012年に、いずれもロシアとアメリカの共同研究チームが作り出した114番と116番の2つの元素に名前がつけられ、114番には、ロシアの著名な物理学者、「フレロフ」にちなんで「フレロビウム」という名前が、116番はアメリカでの研究拠点となったカリフォルニア州リバモアにちなんで「リバモリウム」という名前が、それぞれつけられています。
森田教授が所属する九州大学では
113番元素を発見した森田浩介教授が所属する九州大学では、「ニホニウム」という名前の案が決まったことについて、理学部2年の女子学生は、「ニホニウムという名前は、日本らしくていいのではないかと思います」と話し、経済学部1年の男子学生は、「立派な先生がいる大学で学べることはうれしいです」と話していました。
また、工学部1年の男子学生は、「森田教授のように世界に名を残すのは難しいと思いますが、少しでも将来に役立つような研究をしていきたいです」と話していました。
また、工学部1年の男子学生は、「森田教授のように世界に名を残すのは難しいと思いますが、少しでも将来に役立つような研究をしていきたいです」と話していました。

