サード (映画)
| サード | |
|---|---|
| 監督 | 東陽一 |
| 脚本 | 寺山修司 |
| 原作 | 軒上泊『九月の町』 |
| 製作 | 前田勝弘 |
| 製作総指揮 | 葛井欣士郎(企画) |
| 出演者 |
永島敏行 吉田次昭 森下愛子 志方亜紀子 島倉千代子 |
| 音楽 | 田中未知 |
| 撮影 | 川上皓市 |
| 編集 | 市原啓子 |
| 製作会社 |
幻燈社 日本アート・シアター・ギルド[1][2] |
| 配給 |
|
| 公開 |
|
| 上映時間 | 102分[1] |
| 製作国 |
|
| 言語 | 日本語 |
| 興行収入 | 1億5,000万円[3] |
『サード』は1978年の日本映画[1][4][5]。幻燈社、ATG提携作品[1][2]。
少年院教務官の経験を持つ作家・軒上泊の原作による少年院を舞台にした青春映画で、1975年の『祭りの準備』以降、主に日本アート・シアター・ギルド(ATG)作品に顕著だった列島改造ーオイルショック後の「地方の閉塞性」を主題にした映画の一本[6]。ドキュメンタリータッチで少年院の日常と、高校生男女4人組の不安定な青春を回想を織りまぜて描く[2][5]。
あらすじ
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
高校生・妹尾新次と女友達の「新聞部」たちは、大きな街に出るための金をかせごうと、売春をすることにした。
しかしヤクザとトラブルになり、相手を撲殺してしまう。
少年院に入った新次は、かつて野球部で3塁をまもっていたことから、「サード」というあだ名をつけられる。
夜ともなれば、慰問に訪れた「赤いセーター」「黄色いスカート」の女たちを思いうかべて妄想にふける生活だ。
新次は悪夢にうなされる。自分の守る3塁を敵チームがどんどん駆け抜けホームを目指す。いざ自分が長打を打つと、ホームを目指して走るのだが、ホームが消えている。仕方なしに再度走るのだがホームはみつからない。
キャスト
[編集]- 妹尾新次(サード):永島敏行[1]
- IIB(にいびい):吉田次昭
- 新聞部:森下愛子
- テニス部:志方亜紀子
- 異論:水岡彰宏
- 裁判官:内藤武敏
- ヤクザ:峰岸徹(友情出演)[1]
- 赤いセーターの女:片桐夕子
- 短歌:西塚肇
- とべちん:根本豊
- アキラ:池田史比古
- 小指:佐藤俊介
- 漢字:鋤柄泰樹
- 緘黙:若松武
- 宮島:飯塚真人
- イレズミ:宇土幸一
- 田中:渋谷茂
- 吉田:尾上一久
- 小山:藤本新吾
- ヨシミ:岡本弘樹
- 院長:穂高稔
- 主任:市原清彦
- 教官・山辺:今村昭信
- 教官・広田:杉浦賢次
- 教官・鈴木:清川正廣
- 教官・小野:津川泉
- 黄色いスカートの女:小林悦子
- ファーストの女:大室温子
- ムーヴィ:秋川ゆか
- チビ:関口文子
- 客:角間進
- 祭りの少女:北原美智子
- 宗教家:品川博
- サードの母:島倉千代子(特別出演)[1]
スタッフ
[編集]製作
[編集]東陽一監督は1969年の『沖縄列島』を作るために制作会社・東プロを興したが、500万円で制作した同作は自主上映でフィルムを担いで全国行脚し、上映すればするほど雪だるま式に赤字が増えた[3]。1971年に制作した初の劇映画『やさしいにっぽん人』では1200万円の借金を抱え[3]、まわりは皆、離れていった[3]。本作の制作に当たり、引き受けてくれるところは大手にはなく ATGに企画を持ち込み、了承されて新たに制作会社・幻燈社を作った[3]。
キャスティング&撮影
[編集]サードを演じる永島敏行は、野球部出身のキャリアを買われ、『ドカベン』の続いての野球選手役に抜擢された[6]。前半は少年院内の話で後半からサード(永島)の高校時代の回想シーンとなる[2][4]。これに伴い高校の同じクラスの新聞部(森下愛子)とサード、IIB(吉田次昭)とテニス部(志方亜紀子)が二組のカップルになり、四人で今住む街から大きな街へ行くため、売春で金を稼ぐ[2][4]。四人に罪の意識が0で、ゲーム感覚でこれを行う[4][6]。公開当時19歳の森下は何度も裸になり[2]、大きくはないが美乳を見せる。後半4分の1からまた少年院に話が戻る。野球に関わるシーンはホームベースのないダイヤモンドを走り続けるという主人公の人生をダブらせるモチーフとして使われる。タイトルは『サード』ながらベースランニングがほとんど。
何のためらいもなくスパッと脱いだ森下愛子は映画関係者の評判をとった[2]。森下は「目的をちゃんと持っている青春、失敗に終わっても後悔しない、精いっぱいの生き方をしていく。そんな大好きな脚本だったので出演を引き受けました。テレビタレントになるつもりはありません」などと話した[2]。当時の森下は武田薬品、不二家、丸井、東芝などのCMに出演しており[2]、お茶の間ではお馴染みの顔だった[2]。東演出に関しては「自然のまま撮られたから、まったく緊張感がなくて、楽しい雰囲気でいつのまにか、アップした感じ。私は父親がいないので監督に『お父さん』って呼んだら『そんな年じゃない!』って怒られちゃいました」などと述べた[3]。
作品の評価
[編集]批評家評
[編集]同業者評
[編集]- 村上淳は「劇中漂う苛立ち。若者の苛立ち。監督の苛立。どこへ向けていいか分からない苛立ち。これは反抗期とは違う類いの苛立ちのように感じました(中略)言葉にとてもパワーがある。言葉、台詞、脚本vs.演出、それを捉えるカメラ。僕はエンドロールで撮影助手に篠田昇の名前を見て、アガル世代です『うおお』と、そうか、この現場に篠田さんは居たんだ。その空気を吸ってたんだ。何だかすごいぞ、映画史。永島敏行さん、最高です。ぶっきらぼうだけど、とても繊細。反抗的な甘い眼。立ち姿。これはその人本人の血管に流れている要素からしか出ない雰囲気なのかもしれません(中略)森下愛子さんも最高に輝いています」などと評している[5]。
受賞歴
[編集]- 芸術選奨文部大臣新人賞(東陽一)[7]
- 第52回キネマ旬報ベスト・テン
- 第33回毎日映画コンクール
- 録音賞(久保田幸雄)
- 第3回報知映画賞
- 作品賞
- 第21回ブルーリボン賞
- 作品賞
- 新人賞(永島敏行)
脚注
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 サード - 国立映画アーカイブ
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 河原一邦「邦画マンスリー 【新しい顔】 青春映画 『サード』の森下愛子」『ロードショー』1978年4月号、集英社、251頁。
- 1 2 3 4 5 6 「連載にんげんファイル'84 東陽一 『桃井かおり、烏丸せつこ、田中裕子等主演女優を次々脱がせ、いま大原麗子の『セカンド・ラブ』撮影中。結婚二回、中年男の素顔』」『週刊現代』1984年3月19日号、講談社、64–68頁。
- 1 2 3 4 浅見祥子 (2018年3月16日). “名画プレイバック 女子高生役の森下愛子にハマる!寺山修司脚本×東陽一監督による残酷な青春映画『サード』”. シネマトゥデイ. シネマトゥデイ. 2024年7月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年3月3日閲覧。
- 1 2 3 「第3章 1970's どこへ向けていいかわからない、この苛立ち 永島敏行さん、森下愛子さん、最高です 『サード』 文・村上淳」『観ずに死ねるか! 傑作青春シネマ 邦画編 〜総勢80人が語る極私的作品論』鉄人社、2014年、52-55頁。ISBN 9784865370034。
- 1 2 3 4 高護(ウルトラ・ヴァイヴ)『日本映画名作完全ガイド 昭和のアウトロー編ベスト400 1960‐1980』シンコーミュージック、2008年、193頁。ISBN 978-4-401-75122-8。
- ↑ 「映画監督の東陽一さん死去、91歳 「サード」「絵の中のぼくの村」」『朝日新聞』新聞社、2026年1月27日。オリジナルの2026年1月27日時点におけるアーカイブ。2026年3月21日閲覧。
- ↑ 『キネマ旬報ベスト・テン95回全史1924→2021』キネマ旬報社、2022年5月26日、372,380頁。ISBN 978-4-87376-873-1。