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ツール・ド・フランス1985

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
第72回 ツール・ド・フランス 1985
全行程22区間, 4128 km
総合優勝ベルナール・イノー 113時間24分23秒
2位グレッグ・レモン +1分42秒
3位ステファン・ロッシュ +4分29秒
4位ショーン・ケリー +6分26秒
5位フィル・アンダーソン +7分44秒
ポイント賞ショーン・ケリー 434ポイント
2位グレッグ・レモン 332ポイント.
3位ステファン・ロッシュ 279ポイント.
山岳賞ルイス・エレラ 440ポイント.
2位ペドロ・デルガド 274ポイント.
3位ロバート・ミラー 270ポイント.
新人賞ファビオ・パラ 113時間37分58秒
チーム優勝ラ・ヴィ・クレール

ツール・ド・フランス1985は、ツール・ド・フランスとしては72回目の大会。1985年6月28日から7月21日まで、全22ステージで行われた。

みどころ

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1983年1984年と2年連続で当大会総合優勝を果たしたローラン・フィニョンが足の故障を理由に欠場。戦わずして総合3連覇の夢が潰えた。

対して前年の当大会でフィニョンに完敗を喫した王者・ベルナール・イノーは、この年のジロ・デ・イタリアで3度目の総合優勝を果たし復活をアピール。そしてジャック・アンクティルエディ・メルクスと並ぶ、当大会史上最多タイとなる5度目の総合優勝を目指すとともに、所属するラ・ヴィ・クレールのチームメイトである、グレッグ・レモンという心強い味方を得ていたこともあり、戦前の下馬評では大本命に推された。

今大会の概要

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イノーは、プロローグのタイムトライアルで早くもマイヨ・ジョーヌを奪い、その後も優位にステージを進めた。また、総合2位にはレモンがつけるが、第16ステージを終わってイノーがレモンに4分の差をつけていた。

しかしイノーは第14ステージのゴール前で落車して鼻を骨折しており、第17ステージではレモンとの差は2分25秒差にまで縮まり、俄然、レモンにも総合優勝のチャンスが巡ってきた。イノーの体調次第では、リーダーをレモンに譲る可能性すら出てきたが、イノーの5度目の総合制覇にかける情熱はすさまじく、そのままレモンはイノーのアシスト役に徹することになった。

結局イノーがレモンに最後は1分42秒差にまで縮められるも5度目の総合優勝を果たすとともに、2度目のツール、ジロのダブルツール制覇も果たした。また大会終了後イノーは来年の当大会はレモンに優勝させると明言した。

NHKで初めて紹介された大会

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今大会はNHKで初めて紹介されたツール・ド・フランスの大会である。これ以前は自転車雑誌ぐらいでしか日本ではツール・ド・フランスは紹介されたことがなかった。サンデースポーツスペシャルという日曜日に放送されていたスポーツワイドショー番組で1週間のダイジェストが放送された他、大会終了後には総集編も放映された。また、NHKが取り上げたことにより、一躍、ツール・ド・フランスの名が日本全国に広まることになり、ある意味、日本人にとっては歴史的な大会となった。

総合成績

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順位 選手名 国籍 チーム 時間
1ベルナール・イノーフランスの旗 フランスラ・ヴィ・クレール113h 24' 23"
2 グレッグ・レモン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ラ・ヴィ・クレール 1' 42"
3 ステファン・ロッシュ アイルランドの旗 アイルランド ラ・レドーテ 4' 29"
4 ショーン・ケリー アイルランドの旗 アイルランド スキル 6' 26"
5 フィル・アンダーソン オーストラリアの旗 オーストラリア パナソニック 7' 44"
6ペドロ・デルガドスペインの旗 スペインレイノルズ11' 53"
7ルイス・エレラImage コロンビアカフェ・ド・コロンビア12' 53"
8ファビオ・パラImage コロンビアカフェ・ド・コロンビア13' 35"
9エドゥアルド・チョザススペインの旗 スペインレイノルズ13' 56"
10 スティーブ・バウアー カナダの旗 カナダ ラ・ヴィ・クレール 14' 57"

Imageマイヨ・ジョーヌ保持者

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選手名国籍首位区間
ベルナール・イノーフランスの旗 フランスプロローグ。第8-最終
エリック・バンデレールデンベルギーの旗 ベルギー第1-第3
キム・アンデルセンImage デンマーク第4-第7

外部リンク

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