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大月俊倫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
おおつき としみち
大月 俊倫
生誕 (1961-12-18) 1961年12月18日(64歳)
日本の旗 日本茨城県水戸市
住居 沖縄県宮古島市
国籍 日本の旗 日本
出身校 日本大学 農獣医学部
職業実業家
音楽プロデューサー
活動期間 1984年 - 2017年
時代 1980年代 - 2010年代
雇用者 キングレコード(1984年 - 2016年6月)
団体 株式会社ガンジス
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大月 俊倫(おおつき としみち[1]1961年[1]12月18日 - )は、日本プロデューサー。元キングレコード専務取締役、元ガンジス代表取締役社長、元円谷プロダクション取締役。

来歴

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茨城県[1]水戸市出身。土浦日本大学高等学校卒業、日本大学 農獣医学部在学中よりアニメ雑誌アニメージュ」(徳間書店)のアルバイトでアニメに関わる仕事に従事し、同大学卒業以後からキングレコードへアルバイトにて勤務。1984年に同社に入社し[1]スターチャイルドレーベルに所属。当初は『必殺仕事人』や『ゴジラ』のサントラ盤など映画・特撮関連のアルバムを手掛けていた[1]

しかし、入社3年目位の1985年7月にスターチャイルドレーベルの産みの親である藤田純二を始めとする同レーベルスタッフの過半数が退社し、ユーメックスを設立。その後もスタッフの退職が相次ぎ、当時のスターチャイルドは、『機動戦士ガンダム』ブームが去った事もあって億単位の赤字を抱えて、大月ともう1、2名が残された状態で廃部の危機を迎えた。この機に大月は、毛利和昭のオリジナルデザイン・イラストで『ドリームハンター麗夢』のドラマCDを初プロデュースし、ヒットを飛ばす。以後、高田裕三の『3×3 EYES』、CLAMPの『聖伝-RG VEDA-』、高河ゆんの『マインドサイズ』など漫画のイメージアルバムでヒットを重ね、地道に実績を積み上げていった。アニメのサウンドトラックでは、『鎧伝サムライトルーパー』、『赤い光弾ジリオン』、『NG騎士ラムネ&40』などを手がけている。1995年放映の『新世紀エヴァンゲリオン』ではプロデューサーを務め、2012年の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』まで制作に関わった。

音楽プロデューサーとしては、1987年以降にサンライズ作品などの主題歌やBGMなどを担当し、アニメソングでは自身が手掛けたアニメーション作品の出演声優にテーマ楽曲を歌唱させるタイアップを積極的に仕掛けて行き、OVA機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』関連のイベントで椎名恵の代役で歌唱する準備でキングのスタジオに訪れていた、歌手活動に非常に消極的であった声優の林原めぐみ、アニソンアーティストでは、当時:松任谷由実のコーラスで林原が歌唱する楽曲の仮歌を入れていた奥井雅美[2]、「YOU GET TO BURNING」のオーディション時、勝手に歌詞を執筆して落選した当時:ファッションモデルであった松澤由実[3][4]を起用し、メジャー・デビューさせている。

1998年3月、キングレコードに在籍しながら庵野秀明あかほりさとる幾原邦彦佐藤竜雄石川光久、下地志直の出資と同社との合弁で制作会社ガンジスを設立[5]。代表取締役社長に就き、所属プロデューサー兼初代ゼクシズ代表取締役社長の川崎とも子と共に数多くのアニメーション・実写作品をプロデュース。2010年10月末からは、円谷プロダクションの取締役に就任。

2016年2月上旬、長年居住した杉並区高円寺南から沖縄県宮古島市へ転居[6][7]。東京と沖縄の往復生活を送りがら[8]、同年6月末付をもってキングレコード専務取締役、2017年6月末付で円谷プロダクションの取締役職を退任。また、大月がキング専務退任のタイミングで自身が注力して来たスターチャイルドレーベルが同社第三クリエイティブ本部と事業統合による新レーベル移行に伴いレーベルは消滅した。そして、2018年3月23日付にてガンジスの法人格が消滅され、同社を事業清算。2019年時点で業界から完全に退いており、表舞台では姿を見せずに隠居生活を送っていた[9]

しかし、コロナ禍を経た2022年にかつて取締役を務めていた、円谷プロが製作委員会に加わっている『シン・ウルトラマン』の企画協力へ名を連ねたり、2023年3月12日に日本橋三井ホールにて催された、奥井のデビュー30周年記念ライブ「奥井雅美 30th Anniversary Live 2023 EVE〜一夜限りのBirth Live〜」のシークレットゲストとして、業界引退後初めて奥井やスタチャ楽曲ファンの前に姿を現した[10][11]

人物

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  • 元来、趣味として特撮好きに興じており、家電量販店やフィギュア専門店にて特撮のフィギュアを収集していた。幼少期は『ウルトラQ』や『ウルトラマン』を愛好していたが、一番特撮を見たかった小学3年生であった1970年に第一次怪獣ブームが去り特撮作品が激減したことが後遺症となっていると述べている[1]
  • 企画の意向は「機動戦艦ナデシコ」「アキハバラ電脳組」にも通じる「『メカと美少女』さえ出していればOK」という方向性で動き、庵野秀明は「第一人者である宮崎駿さんの頃と同じで、ファンが求めるものも何ら変わっていない」「少女の日常を描いた『ラブ&ポップ』『彼氏彼女の事情』でも、信号・電柱・自動販売機を描写している内に『メカと美少女』になってしまった。実際、電柱を映している間が楽しかった」と評している[12]
  • 村上隆東浩紀との対談では、2000年時点で「一勝三敗」としている(一勝は『エヴァンゲリオン』、三敗については不明)。大月作品や日本のアニメは海外で売れるという村上や東の見方に対し、「僕には、わかる人がわかってくれればいいというのが、どこか根本にある」「英語にしたら微妙なニュアンスが伝わらないだろうという諦めもあるし、もし『魂を伝える』作業ができるとしたら、まずは日本という国に、なによりその魂を伝えたいと思っている」と述べている[13]

制作作品

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アニメ

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映画

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テレビドラマ

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バラエティ番組

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等、ほとんどのスターチャイルド関連作品・所属アーティストに関わる。

出演番組

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テレビ

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ラジオ

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脚注

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注釈

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出典

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 ジ・アート・オブ シン・ゴジラ 2016, pp. 542–543, 「特別寄稿 シン・ゴジラと私 大月俊倫」
  2. アニソン界のレジェンド奥井雅美登場〜矢吹俊郎のドンバー会〜 - YouTube
  3. “夢のあしあと 第23回 チャレンジ1年生の気持ちで”. マイナビ. (2007年9月5日) 2023年3月13日閲覧。
  4. “夢のあしあと 第24回 ムリして背伸びするよりも、ただ一生懸命に”. マイナビ. (2007年9月12日) 2023年3月13日閲覧。
  5. AVジャーナル 1998年6月 477号 「東映配給「機動戦艦ナデシコ」大月俊倫プロデューサーに聞く 「エヴァンゲリオン」の余熱に乗せて」
  6. 弊社20周年に寄せて、皆様よりメッセージを頂戴しております。(50音順)”. 豆魚雷 (2016年1月29日). 2023年3月12日閲覧。
  7. seitenhyohyoのツイート(694393390956285952)
  8. seitenhyohyoのツイート(694394001739243520)
  9. suka_tokusatsuのツイート(1471659744075333632)
  10. 『EVE〜一夜限りのBirth Live〜』みんなと打ち上がる配信 - YouTube
  11. sumimasa_moritaのツイート(1635299537840640000)
  12. 講談社刊「アニメクリエイター・インタビューズ この人に話を聞きたい 2001-2002」小黒祐一郎著pp.368-370より。
  13. 『広告批評』No.235 pp.230-235

参考文献

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  • 『ジ・アート・オブ シン・ゴジラ』企画・責任編集 庵野秀明、企画・編集・発行:カラー 販売:グラウンドワークス、2016年12月30日。ISBN 978-4-905033-08-0 

関連項目

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