大阪松竹座
| 大阪松竹座 Osaka Shochikuza | |
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大阪松竹座(2020年9月撮影) | |
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| 情報 | |
| 正式名称 | 大阪松竹座 |
| 完成 | 1997年 |
| 開館 | 1997年2月26日 |
| 閉館 | 2026年5月 |
| 収容人員 | 1,033人 |
| 延床面積 | 11,253 m2 |
| 設備 |
ホール内:花道、オーケストラピット、宙吊りレール(2基) その他:売店、飲食店 |
| 用途 | 歌舞伎、新劇、歌劇など |
| 旧用途 | 映画館 |
| 運営 | 松竹株式会社 |
| 所在地 |
〒542-0071 大阪市中央区道頓堀一丁目9番19号 |
| 位置 | 北緯34度40分6.6秒 東経135度30分3.2秒 / 北緯34.668500度 東経135.500889度座標: 北緯34度40分6.6秒 東経135度30分3.2秒 / 北緯34.668500度 東経135.500889度 |
| 最寄駅 | #所在地を参照 |
| 外部リンク | 大阪松竹座 |
大阪松竹座(おおさかしょうちくざ)は、大阪府大阪市中央区道頓堀一丁目にある、松竹が経営する劇場。1923年(大正12年)に開場した、関西初の洋式劇場である[1]。江戸時代に起源をもつ五つの芝居小屋「道頓堀五座」(浪花座、中座、角座、朝日座、弁天座)には含まれない。
歴史
[編集]日本初の鉄骨・鉄筋コンクリートの映画館
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道頓堀に日本初の鉄筋コンクリート造りの洋式劇場として、1923年(大正12年)5月10日に新築落成し、同年5月17日に開場式が行われた[2]。定員1141名[3]。テラコッタを使用したネオルネッサンス様式の正面大玄関の特徴あるアーチを持つ劇場建築で、イタリアのミラノにあるスカラ座をモデルに、大林組の設計技師・木村得三郎が設計した。
映画と1922年(大正11年)4月に誕生した松竹楽劇部のレビューの組み合わせを興行の柱とする斬新な試みを取り入れた[2]。記録によると5月17日の開場式後には野村芳亭監督の映画『母』、松竹管弦団による管弦楽『英雄』、松竹楽劇部第1回公演『アルルの女』が上演された[2]。このうち野村芳亭監督の映画『母』は大阪松竹座の開場式に華を添える目的で作られた作品である[3]。
第一回興行は翌5月18日とされ、映画『赤倉のスキー』、エルンスト・ルビッチ監督のドイツ映画『ファラオの恋』(Das Weib des Pharao)、野村芳亭監督の映画『母』、松竹楽劇部『アルルの女』が上演された[2]。
梅田の北野劇場と並ぶ、大阪における洋画の殿堂として優秀外国映画の上映を行ったほか、松竹楽劇部から発展した大阪松竹少女歌劇団(OSSK)のレビューも行った。
第二次世界大戦後は松竹映画の封切館として再開したが、その後は洋画ロードショー館に転向。1970年代以降は渋谷パンテオン/丸の内ルーブル系列の映画館として、『タワーリング・インフェルノ』『ジョーズ』『E.T.』『ラストエンペラー』『ボディガード』など数多くのヒット作や大作を上映。また2階には松竹芸能の本社事務所がテナントで入っていた。1994年(平成6年)5月8日に映画館としての役割を終え、劇場へ改装するため閉館。最後の上映作品は『風と共に去りぬ』であった。
実演の劇場として再生・完全閉館
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1997年(平成9年)に松竹百年の記念事業として正面外壁を維持しながら建て替えられ[4]、同年2月26日に新築開場した[5]。松竹制作の歌舞伎や新劇、松竹新喜劇を中心に、ジャニーズ公演、歌劇、ミュージカル、コンサート、落語会等も上演されている。
また、2004年(平成16年)には66年ぶりに大阪松竹歌劇団の後継にあたるNewOSK日本歌劇団(現:OSK日本歌劇団)によるレビューとして『春のおどり』が復活し、それ以後、毎年恒例となっている。
2023年(令和5年)は、1923年(大正12年)の劇場創設から100年を迎え「大阪松竹座開場100周年」を記念する公演を行った。
2025年(令和7年)8月28日、松竹は設備の老朽化を理由に大阪松竹座での興行を2026年(令和8年)5月公演で終了すると発表した。その後、劇場や飲食店などが入ったビルも閉館することとなった[6][7]。大阪市役所には大阪松竹座の存続を求める意見が多数寄せられたほか、同年9月、12月と相次いで道頓堀での劇場機能の存続を求める署名活動が開始され、新聞、ラジオなどのマスコミも特集を組むなど、反響が大きくなっていった[8]。2026年(令和8年)3月31日、松竹は同日付のプレスリリースで、これまでの発表通り同年5月を以て公演を終了するとしつつ、新たな文化芸能の発信拠点の実現に向け取り組むと発表[9]。それを受け、大阪松竹座の存続が一転して決定したとする報道が一部で行われた[10]が、大阪市と共に松竹と対話を重ねてきた大阪府の吉村洋文知事は、建物の存続に関して報道は正確ではないとした[11]。
同年4月3日、「さよなら公演」が開幕した[12]。
施設
[編集]所在地
[編集]最寄駅
[編集]脚注
[編集]- ↑ “中央区の都市景観資源”. 大阪市役所. 2025年9月4日閲覧。
- 1 2 3 4 李 信雨「大阪松竹座の開場(1923年、大正12年)から1936年(昭和11年)までの上映作品と上演演目一覧」『なにわ大阪研究』第7巻、関西大学なにわ大阪研究センター、2025年3月31日、51-60頁。
- 1 2 “第7回 戦前期日本の映画館写真(5)―大阪 道頓堀・千日前篇”. 国立映画アーカイブ. 2025年9月4日閲覧。
- ↑ “御堂筋再発見みてあるきMAP”. 大阪ブランド情報局. 2025年9月4日閲覧。
- ↑ “公益財団法人松竹大谷図書館ニューズレター No.212”. 公益財団法人松竹大谷図書館. 2025年9月4日閲覧。
- ↑ “大阪松竹座、来年5月公演を最後に閉館…閉館後の活用方法は未定”. 読売新聞オンライン (2025年8月28日). 2025年8月28日閲覧。
- ↑ 『大阪松竹座ビル閉館に関するお知らせ』(プレスリリース)松竹株式会社、2025年8月28日。2025年8月28日閲覧。
- ↑ “一転「存続」の大阪松竹座 署名活動に市民の声…劇場に宿る芝居町の歴史、大阪府市も動く”. 産経新聞. (2026年3月31日) 2026年3月31日閲覧。
- ↑ “大阪松竹座に関するお知らせ”. 松竹 (2026年3月31日). 2026年3月31日閲覧。
- ↑ 「大阪松竹座 一転存続へ/建て替え 府・市と協議」『読売新聞』朝刊2026年4月1日(社会面)
- ↑ “大阪松竹座の存続どうなる? 吉村洋文知事、一部報道に「正確ではない」「これからも動きます」”. オリコンニュース. (2026年3月31日) 2026年3月31日閲覧。
- ↑ 「大阪松竹座「さよなら公演」始まる 道頓堀のシンボル5月に閉館」NHK(2026年4月4日)
- ↑ 『中日新聞』朝刊2018年1月4日26面※記事名不明※
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 大阪松竹座
- 大阪松竹座 (@osakashochikuza) - X(旧Twitter)
- 大阪松竹座 (@osaka_shochikuza) - Instagram
- 大阪松竹座(最初の建築) - 大林組
