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磯崎新

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磯崎新
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磯崎新(2001年)
生誕 (1931-07-23) 1931年7月23日
日本の旗 日本大分県大分市
死没 (2022-12-28) 2022年12月28日(91歳没)
日本の旗 日本沖縄県那覇市
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京大学工学部建築学科卒業
東京大学大学院数物系研究科建築学専攻博士課程修了
職業 建築家
配偶者 宮脇愛子
受賞 日本建築学会賞(1967、75年)
芸術選奨新人賞(1969年)
毎日芸術賞(1984年)
RIBAゴールドメダル(1986年)
朝日賞(1988年)
日本文化デザイン大賞(1993年)
ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞(1996年)
プリツカー賞(2019年)
建築物 大分県立大分図書館
つくばセンタービル
ロサンゼルス現代美術館
デザイン モンローチェアー
著作 空間へ
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1976年撮影

磯崎 新(いそざき あらた、1931年昭和6年)7月23日 - 2022年令和4年)12月28日)は、日本建築家一級建築士アトリエ建築家日本芸術院会員。

大分県大分市出身。父は実業家俳人磯崎藻二。妻は彫刻家宮脇愛子茨城つくばセンタービル米国ロサンゼルス現代美術館などで知られ、ポストモダン建築をリードして国際的に活躍した。

経歴

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1996年撮影
  • 2017年 - 日本芸術院会員に選出。
  • 2020年 - 同済大学建築都市計画学院名誉教授。
  • 2022年12月28日 - 老衰のため那覇市の自宅で死去。91歳没[3]

受賞等

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評価

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CIAM以降、さまざまな現象へ分裂解体しつつあった世界の建築状況を整理し、改めて総合的な文化状況の中に位置づけ直し、全体的な見通しと批評言語を編纂した役割において、磯崎はポストモダン建築を牽引した建築家の一人であると言われる。特に日本では丹下健三以降の世代にとって、1970年以降の建築言説の展開の大凡は磯崎によって編成されてきたと見なされている。

一方で磯崎の活動がつねに批評的な活動を伴っていた事実は、建築家としての磯崎新自身の建築設計や都市計画といった実務的な仕事を、建築史上の特定の動向、様式に位置づけることを著しく困難にさせてきた。ちなみに、様式や形式それ自体も、批評的に選択されていると彼自身が表明している。

そもそも磯崎の出発点は大分市の「新世紀群」という絵画サークルの活動から始まった。そこは後にネオ・ダダで活躍した吉村益信赤瀬川原平風倉匠らも在籍した前衛的土壌であった(なお赤瀬川原平の兄の赤瀬川隼(直木賞作家)とは、旧制中学の同級生)。また磯崎が1960年に丹下健三の東京計画1960に加わっていた頃、ネオ・ダダは新宿百人町の吉村アトリエ(通称ホワイトハウス:磯崎による設計)を拠点に反芸術的活動を展開しており、磯崎もたびたびそこを訪れていた。この時点において磯崎はネオ・ダダ的建築家として最も過激な思想の基に模索していた。

1980年代以降はロサンゼルス現代美術館、ブルックリン美術館など日本国外で活躍している。閉塞的な日本のアカデミズムを脱却し、世界的な次元で建築を構想する姿勢は、日本国内では批判に晒されるが、日本の現代建築を世界的なレベルに押し上げた建築家の一人である。古典的なプロポーションの均整を避けるため敢えてキューブのようなプラトン立体を多用することで知られている。

晩年は活動の場を海外、とりわけ中国と中東、ヨーロッパなどに移している。そこでは、かつて自身が行ったさまざまな実験やアンビルトとなった建築計画などのレファレンス、構造家とのコラボレーションによる進化論的構造最適化手法などを採用し、オーガニックな形態で特異な空間を現出させようとしていた。

その他

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  • メタボリズムについて、「一九六二年頃の私の思考を整理してみると、私はメタボリズムと明瞭に逢遇している」と書いている( http://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/888/ 最終段落)
  • 読売新聞で、バブル期の東京都公共建築である東京芸術劇場東京都庁舎江戸東京博物館東京都現代美術館東京国際フォーラムの5作品を「粗大ゴミ」と評した。ただ、これは建築家のデザイン力だけではなく、東京都が建築家に要求したプログラムに対する発言とされる[6]
  • コンペの審査員も多数務め、長谷川逸子湘南台文化センターや、伊東豊雄せんだいメディアテークの際の審査員でもある。プリツカー賞の審査員も務めた。
  • 丹下健三を最もよく知る一人で、2005年の葬儀において弔辞を読んだ。
  • 若い頃に影響を受けたのはチェ・ゲバラ毛沢東[7][8]
  • 作家の沢木耕太郎と親交があり、沢木の紀行文『深夜特急』にも登場する[9]
  • 建築模型を数多く制作している建築家としても知られている。1990年代にロサンゼルス現代美術館を皮切りに、国内(群馬県立近代美術館、水戸芸術館、北九州市立美術館、ハラミュージアム・アーク等)国外(スペイン、ギリシア、イギリスなど)をサーキットした大回顧展が行われ注目を集めた。現在それらの模型や資料は大分市のアートプラザ(磯崎新建築記念館、磯崎設計の旧大分県立大分図書館)に収蔵され、3階の磯崎新建築展示室で順次公開されており、磯崎建築を知る上で最も重要な拠点となっている。
  • 祖父の磯崎徳三郎は大分市議会議長も務めた米問屋で、その米倉庫は三浦義一林房雄が子供の頃遊び場としており、その縁で三浦義一の寄付により建設された旧大分県立大分図書館の設計者に指名された。
  • 東京大学2年時に父を亡くしたため、渡辺一夫の本郷真砂町の自宅に住み込み、渡辺の息子に数学を教えた。英語を教えていたのは高橋康也
  • 父の磯崎操次(1901-1951)は大分貨物自動車会社を経営する実業家であり、俳名を磯崎藻二として吉岡禅寺洞が福岡で1918年に創刊した新興俳句派の俳誌「天の川」同人であった俳人。
  • 韓国近代建築の巨匠・金壽根(1931-1986)は東京大学大学院時代に隣の研究室に所属しており、友人。
  • 関西大学名誉教授の古後楠徳は磯崎を数学好きにさせ、「"代数"はダメだ。"幾何学"に進め」とアドバイスし、結果的に建築学科へ導いた高校時代の恩師である。
  • 新建築住宅設計競技など審査員を歴任。1975年の「新建築住宅設計競技」では、「わがスーパースターたちのいえ」という課題を出し、1~3位の入賞者すべてを外国人にしたことで主催者を驚かせたが、賞金の一部は日本人に行くようにするという規定があったため、選外佳作という賞を急遽設け、日本人応募者に受賞させた[10]。1位は当時AAスクール在学中のトム・ヘネガンで、ハリウッドスターたちの家の写真にただ×(No!)が描かれただけのもので、2位、3位も同様にコンセプチュアルなものだった。磯崎は審査評として、新建築の12月号に「日本の建築教育の惨状を想う 」を発表し、建築界を騒がせた。
  • 静岡県コンベンションアーツセンターの完成から5年後の2004年にスレート製の外壁が落下してから、5年間に合計40回の剥落落下が相次ぎ、その責任を巡って問題となっている[11][12]。一時は、磯崎への賠償請求も検討された。落下対策には8億~14億円を要すると試算されている[13]
  • 2014年、国際コンペで選ばれた新国立競技場案に対しての議論が巻き起こったおり、「新国立競技場 ザハ・ハディド案の取り扱いについて」を発表し、改めてデザインをザハに任せるべきだと主張した[14]

作品

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建築作品

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名称所在地状態備考
新宿ホワイトハウス1957年東京新宿区日本の旗 日本現カフェアリエ
大分医師会館1960年大分県大分市日本の旗 日本現存せず
N邸(中山邸)1964年大分県大分市日本の旗 日本現存せず1998年、秋吉台国際芸術村内にN邸をベースにし
た建物が建築された。
岩田学園1964年大分県大分市日本の旗 日本
大分県立大分図書館

(現アートプラザ) 

1966年大分県大分市日本の旗 日本日本建築学会賞作品賞

公共建築百選

久住歌翁碑1967年大分県竹田市日本の旗 日本
福岡相互銀行大分支店1967年大分県大分市日本の旗 日本現存せず
福岡相互銀行大名支店1969年福岡市中央区日本の旗 日本現存せず
日本万国博覧会・お祭り広場の諸装置
ロボットの「デク」・「デメ」)
1970年大阪府吹田市日本の旗 日本現存せず
福岡相互銀行東京支店1971年東京都中央区日本の旗 日本現存せず
福岡相互銀行長住支店1971年福岡市南区日本の旗 日本現存せず
福岡相互銀行六本松支店1971年福岡市中央区日本の旗 日本現存せず
福岡相互銀行本店1972年福岡市博多区日本の旗 日本現存せず西日本シティ銀行本店
福岡相互銀行佐賀支店1973年佐賀県佐賀市日本の旗 日本現存せず
群馬県立近代美術館1974年群馬県高崎市日本の旗 日本日本建築学会賞作品賞
大分富士見カントリー倶楽部ハウス1974年大分県大分市日本の旗 日本
北九州市立美術館1974年北九州市戸畑区日本の旗 日本公共建築百選
北九州市立中央図書館1975年北九州市小倉北区日本の旗 日本
矢野邸1975年神奈川県川崎市日本の旗 日本
秀巧社ビル1976年福岡市中央区日本の旗 日本現存せず
大友宗麟の墓1977年大分県津久見市日本の旗 日本
貝島邸1977年東京都武蔵野市日本の旗 日本
林邸1977年福岡市中央区日本の旗 日本現存せず
西日本総合展示場1977年北九州市小倉北区日本の旗 日本
辛島邸1978年大分県大分市日本の旗 日本
旧神岡町役場1978年岐阜県飛騨市日本の旗 日本2016年に耐震工事を完了、飛騨市神岡振興事務所
(1階は飛騨市神岡図書館)として利用[15]
末岡クリニック1978年大分県大分市日本の旗 日本
青木邸1979年東京都港区日本の旗 日本
大分市視聴覚センター1979年大分県大分市日本の旗 日本
ハクビ教育文化会館1979年東京都豊島区日本の旗 日本現存せず
NEG大津工場厚生施設1980年滋賀県大津市日本の旗 日本
伊良原邸1980年北九州市小倉北区日本の旗 日本
利賀山房1980年富山県南砺市日本の旗 日本
衛藤クリニック1981年大分県杵築市日本の旗 日本
軽井沢磯崎別荘・書斎1982年長野県軽井沢町日本の旗 日本
ハウザーマン・ショールーム1982年シカゴアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
利賀村野外劇場1982年富山県南砺市日本の旗 日本
中上邸1983年福井県勝山市日本の旗 日本
西脇市岡之山美術館1983年兵庫県西脇市日本の旗 日本
つくばセンタービル 1983年茨城県つくば市日本の旗 日本毎日芸術賞
岩田学園体育館・学生寮1985年大分県大分市日本の旗 日本
グラスアート赤坂1985年東京都港区日本の旗 日本
ザ・パラディアム1985年ニューヨークアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国古い映画館をディスコに改装したもの
新都庁舎コンペ1986年
ベルリン集合住宅1986年ベルリンドイツの旗 ドイツ
ビョルソン・ハウス/スタジオ1986年ロサンゼルスアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国2004年までエリック・クラプトンが所有
西戸山タワーホウムズ1986年東京都新宿区日本の旗 日本
ロサンゼルス現代美術館1986年ロサンゼルスアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
国立エジプト文明博物館展示計画1986年-カイロImage エジプト
お茶の水スクエアA館カザルスホール1987年東京都千代田区日本の旗 日本
北九州市立美術館アネックス1987年北九州市戸畑区日本の旗 日本
国際舞台芸術研究所1988年富山県南砺市日本の旗 日本
武蔵丘陵カントリークラブ1988年埼玉県ときがわ町日本の旗 日本
東京グローブ座1988年東京都新宿区日本の旗 日本
ハラ・ミュージアム・アーク1988年群馬県渋川市日本の旗 日本
基督兄弟団成増教会1989年東京都練馬区日本の旗 日本
東京基督教大学礼拝堂1989年千葉県印西市日本の旗 日本
レイク相模カントリークラブ1989年山梨県上野原市日本の旗 日本イギリスの建築家ブライアン・クラークとのコラボレーション。
国際花と緑の博覧会
国際陳列館・国際展示水の館
1990年大阪市鶴見区日本の旗 日本
ボンド大学図書館/人文学棟/管理棟1989年ゴールドコーストオーストラリアの旗 オーストラリア
水戸芸術館1990年茨城県水戸市日本の旗 日本JIA25年賞
パラウ・サン・ジョルディ1990年バルセロナスペインの旗 スペイン
北九州国際会議場1990年北九州市小倉北区日本の旗 日本
ティーム・ディズニー・ビルディング1991年フロリダアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
富山県立山博物館展示館・遥望館1991年富山県立山町日本の旗 日本
由布院駅駅舎1991年大分県由布市日本の旗 日本
マルタン本社ビル1992年神奈川県横浜市日本の旗 日本
有時庵1992年東京都品川区日本の旗 日本
東京造形大学1993年東京都八王子市日本の旗 日本
兵庫県立先端科学技術支援センター1993年兵庫県上郡町日本の旗 日本
オプトハイツ1993年兵庫県上郡町日本の旗 日本
奈義町現代美術館・奈義町立図書館1994年岡山県奈義町日本の旗 日本第20回JIA25年賞
クラコフ日本美術技術センター1994年クラコフポーランドの旗 ポーランド
ルイジ・ノーノの墓1994年ヴェネチアイタリアの旗 イタリア
京都コンサートホール1995年京都市左京区日本の旗 日本
ビーコンプラザ1995年大分県別府市日本の旗 日本
豊の国情報ライブラリー1995年大分県大分市日本の旗 日本
ア・コルーニャ人間科学館1995年ア・コルーニャスペインの旗 スペイン
中谷宇吉郎雪の科学館1994年石川県加賀市日本の旗 日本
パラフォルス・レクリエーション施設1996年パラフォルススペインの旗 スペイン
岡山西警察署1996年岡山市北区日本の旗 日本
静岡県コンベンションアーツセンター 1997年静岡市駿河区日本の旗 日本
寿司割烹やま中本店1997年福岡市中央区日本の旗 日本
秋吉台国際芸術村1998年山口県美祢市日本の旗 日本
なら100年会館1998年奈良県奈良市日本の旗 日本
オハイオ21世紀科学産業センター1999年オハイオアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
群馬県立ぐんま天文台1999年群馬県高山村日本の旗 日本
カイシャ・フォールム2002年バルセロナスペインの旗 スペイン
セラミックパークMINO2002年岐阜県多治見市日本の旗 日本
山口情報芸術センター2003年山口県山口市日本の旗 日本
パラスポーツ・オリンピコ2005年トリノイタリアの旗 イタリア
北方町生涯学習センターきらり・
岐阜県建築情報センター
2005年岐阜県北方町日本の旗 日本
福岡五輪計画基本構想案2005年福岡県福岡市
深圳文化中心2007年深圳中華人民共和国の旗 中国
中央美術学院美術館2007年北京中華人民共和国の旗 中国
イソザキ・アテア2008年ビルバオスペインの旗 スペイン
中国湿地博物館2009年杭州中華人民共和国の旗 中国
メガロン・コンサートホール2010年テサロニキギリシャの旗 ギリシャ
オブスキュアド・ホライズン(砂漠の寝所)2010年パイオニアタウンアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
上海征大ヒマラヤ芸術センター2010年上海中華人民共和国の旗 中国
中国国際建築芸術実践展 会議場2011年南京中華人民共和国の旗 中国
カタール国立コンベンションセンター2011年ドーハカタールの旗 カタール
アーク・ノヴァ2011年アニッシュ・カプーアと協働
上海交響楽団コンサートホール2013年上海中華人民共和国の旗 中国
成都日本侵略軍博物館 2015年 成都 中華人民共和国の旗 中国
アリアンツ・タワー2015年ミラノイタリアの旗 イタリア現地ではTorre Isozaki(磯崎タワー)と呼ばれる
ハルビン・コンサートホール2015年ハルビン中華人民共和国の旗 中国

都市構想

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  • 新宿計画(淀橋浄水場跡地開発計画)孵化過程・空中都市(1960年)
  • 丸の内計画・空中都市(1963年)
  • スコピエ・ユーゴスラビア都市再建計画設計競技に参画(1965年)
  • 応答場としての環境計画(1969年)
  • コンピューター・エイデッド・シティ(計画)(1972年)
  • 珠海/海市計画(計画案)(1995年) - 1997年、東京にて「「海市」-もうひとつのユートピア」と題した展覧会が開催された。その後、海外へと巡回。

展覧会

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著作・作品集

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  • 「空間へ」美術出版社、1971年
  • 「建築の解体」美術出版社、1975年
  • 「建築の修辞」美術出版社、1979年
  • 「手法が」美術出版社、1979年
  • 「建築の地層」彰国社、1979年
  • 磯崎新著作集」全4巻、美術出版社、1984
  • 「現代の建築家 磯崎新2」鹿島出版会、1984年
  • 週刊本 ポスト・モダン原論」朝日出版社、1985年
  • 「いま、見えない都市」大和書房、1985年
  • 「バルセロナ・ドローイング バルセロナ・オリンピック建築素描集」岩波書店、1990年
  • 「見立ての手法 日本的空間の読解」鹿島出版会、1990年
  • 「イメージゲーム-異文化との遭遇」鹿島出版会、1990年
  • 「<建築>という形式 1 」新建築社、1991年
  • 「磯崎新の建築30 模型、版画、ドローイング」六耀社、1992年
  • 「現代の建築家 磯崎新3-4」鹿島出版会、1993年
  • 「始源のもどき-ジャパネスキゼーション」鹿島出版会、1996年
  • 「磯崎新の仕事術 建築家の発想チャンネ」王国社、1996年
  • 「造物主議論-デミウルゴモルフィスム」鹿島出版会、1996年
  • 「建築家捜し」岩波書店、1996年/岩波現代文庫、2005年
  • 「空間へ 根源へと遡行する思考」鹿島出版会、1997年/河出文庫、2017年
  • 「オペラシティの彼方に エッジを測量する17の対話」NTT出版、1997年
  • 「磯崎新の発想法 建築家の創作の秘密」王国社、1998年
  • 「栖十二」住まいの図書館出版局・星雲社、1999年
  • 「人体の影-アントロポモルフィスム」鹿島出版会、2000年
  • 「建築家のおくりもの」王国社、2000年
  • 「ル・コルビュジエとはだれか」王国社、2000年
  • 「神の似姿-テオモルフィスム」鹿島出版会、2001年
  • 「反回想 1」A.D.A.EDITA Tokyo、2001年
  • 「反建築史/UNBUILT」TOTO出版、2001年
  • 「磯崎新の建築談議」全12巻、六耀社、2001-04年
  • 「建築における「日本的なもの」」新潮社、2003年
  • 「アントニ・ガウディとはだれか」王国社、2004年
  • 「磯崎新の思考力 建築家はどこに立っているか」王国社、2005年
  • Japan-ness in Architecture, MIT Press, 2006
  • Arata Isozaki, ed. by Arata Isozaki and Ken Tadashi Oshima, London, Phaidon, 2009
  • 「日本の建築遺産12選 語りなおし日本建築史」新潮社、2011年
  • 「気になるガウディ」新潮社、2012年
  • 磯崎新建築論集」全8巻、岩波書店、2013-15年
  • 『挽歌集 建築があった時代へ』白水社、2014年
  • 『偶有性操縦法(コンティンジェンシーマニュアル) 何が新国立競技場問題を迷走させたのか』青土社、2016年
  • 『瓦礫の未来』青土社、2019年
  • 『デミウルゴス: 途上の建築』青土社、2023年

共著など

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  • 「建築および建築外的思考 磯崎新対談」鹿島出版会、1976年
  • 「現代の建築家 磯崎新」鹿島出版会、1977年
  • 「建築の1930年代-系譜と脈絡 磯崎新対談」鹿島出版会、1978年
  • 「磯崎新+篠山紀信建築行脚1~12」六耀社、1980-92年 
  • 「建築のパフォーマンス <つくばセンタービル>論争」、編著、PARCO出版局、1985年
  • 「ポスト・モダンの時代と建築 磯崎新対談」鹿島出版会、1985年
  • 「建築の政治学 磯崎新対談集」岩波書店、1989年
  • 「磯崎新作品集」第1巻、二川幸夫編、A.D.A.EDITA Tokyo、1991年
  • 「世紀末の思想と建築」、多木浩二共著、岩波書店、1991年
  • 「Anywhere 空間の諸問題」、浅田彰共編、NTT出版、1994年
  • 「Anyway 方法の諸問題」、浅田彰共編、NTT出版、1995年
  • 「季刊ja no.12 磯崎新」新建築社、1994年
  • 「建物が残った-近代建築の保存と転生」岩波書店、1998年
  • 「建築と時間 対論 土居義岳、岩波書店、2001年
  • 「空間の行間」福田和也共著、筑摩書房、2004年
  • 「Any-建築と哲学をめぐるセッション 1991-2008」、浅田彰共編、鹿島出版会、2010年
  • 「ビルディングの終わり、アーキテクチュアの始まり 10 years after any 」、浅田彰共著、鹿島出版会、2010年
  • 「磯崎新の建築・美術をめぐる10の事件簿」新保淳乃・阿部真弓共著、TOTO出版、2010年
  • 『磯崎新インタヴューズ』聞き手日埜直彦、LIXIL出版 2014
  • 『日本建築思想史』聞き手横手義洋、太田出版 atプラス叢書 2015
  • 『磯崎新と藤森照信の茶席建築談義』藤森照信共著 六耀社 2015
  • 『磯崎新と藤森照信のモダニズム建築談義』藤森照信共著 六耀社 2016
  • 『磯崎新と藤森照信の「にわ」建築談義』藤森照信共著 六耀社 2017

翻訳

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審査員を務めたコンペ・コーディネートを務めたプロジェクト

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名称所在地国・地域1等案立場
ラ・ヴィレット公園1982年パリフランスの旗 フランスベルナール・チュミ審査員
香港ピーク1983年香港島香港の旗 香港ザハ・ハディッド審査員
湘南台文化センター1986年神奈川県藤沢市日本の旗 日本長谷川逸子審査委員
高知県立坂本龍馬記念館1986年高知県高知市日本の旗 日本ワークステーション審査委員
せんだいメディアテーク1995年宮城県仙台市日本の旗 日本伊東豊雄審査委員長
横浜港大さん橋国際客船ターミナル1994-95年神奈川県横浜市日本の旗 日本エフ・オー・アーキテクツ審査委員
水俣メモリアル1995年熊本県水俣市日本の旗 日本ジョゼッペ・バローネ審査委員
国営中国中央テレビ2002年北京中華人民共和国の旗 中国レム・コールハース審査委員
名称所在地国・地域
ネクサスワールド1991年-92年福岡市東区日本の旗 日本
岐阜県営住宅ハイタウン北方1998年・2000年岐阜県北方町日本の旗 日本

脚注

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  1. 20世紀日本人名事典. 磯崎藻二(イソザキ ソウジ)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2024年10月10日閲覧。
  2. 1 2 「私の履歴書 磯崎新」日本経済新聞、2009/5/3
  3. “Muere el arquitecto Arata Isozaki, autor del Palau Sant Jordi”. La Vanguardia. (2022年12月29日) 2022年12月29日閲覧。
  4. 朝日賞 1971-2000年度”. 朝日新聞社. 2022年8月31日閲覧。
  5. プリツカー賞 | 現代美術用語辞典ver.2.0”. artscape.jp. 2019年12月20日閲覧。
  6. 磯崎新 『磯崎新の発想法 建築家の創作の秘密』 王国社
  7. 『10+1』 No.13 (メディア都市の地政学) pp.25-32
  8. 八束はじめ. 建築と文学をめぐる鉄人同士の知的蕩尽”. 10+1 website. 2024年10月10日閲覧。
  9. 沢木耕太郎 『深夜特急 4 シルクロード』 新潮社文庫
  10. https://live.nicovideo.jp/watch/lv33643068 ニコニコ生放送村上隆の芸術闘争論#2」森川嘉一郎・談
  11. 日経クロステック(xTECH) (2011年2月4日). 外装剥落の責任:管理者が設計者に求償することも”. 日経クロステック(xTECH). 2024年10月10日閲覧。
  12. 日経クロステック(xTECH) (2010年11月22日). スレート落下対策に8億~14億円、磯崎氏設計の施設で”. 日経クロステック(xTECH). 2024年10月10日閲覧。
  13. 磯崎新による、新国立競技場に関する意見の全文”. architecturephoto.net (2014年11月7日). 2023年1月10日閲覧。
  14. 飛騨市神岡図書館
  15. 「磯崎新の謎」展が大分市美術館で開催中。「いき」と「しま」を軸にその思考を紐解く”. 美術手帖. 2019年12月11日閲覧。

文献

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磯崎新アトリエ出身の人物

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建築家

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関連項目・人物

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外部リンク

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