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鈴木利男

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
鈴木 利男
Toshio Suzuki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 日本の旗 日本 埼玉県
生年月日 (1955-03-10) 1955年3月10日(71歳)
F1での経歴
活動時期 1993
所属チーム '93 ラルース
出走回数 2
タイトル 0
優勝回数 0
表彰台(3位以内)回数 0
通算獲得ポイント 0
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
初戦 1993年日本GP
最終戦 1993年オーストラリアGP
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鈴木 利男(すずき としお、1955年3月10日[1] - )は、日本レーシングドライバー実業家埼玉県出身。身長170cm、血液型B型

デビュー

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1975年と1976年に全日本カート選手権シリーズチャンピオンとなり、1978年にFL500で四輪レースデビュー。1979年に日本F3チャレンジカップ(全日本F3選手権)の初代チャンピオンを獲得。その後、イギリスF3にも参戦した。

Image
トヨタTS020

その後1980年代から2000年代にかけて、全日本F2選手権全日本F3000選手権フォーミュラ・ニッポン全日本ツーリングカー選手権全日本GT選手権と、全日本選手権格式の様々なレースで活躍し、数々の優勝や表彰台圏内の上位入賞を果たした。

Image
ラルースLH93

1987年ホンダF1エンジンのテストドライバーとして国内でのF1エンジンテストを担当した[2]。38歳となった1993年には、全日本F3000選手権や全日本ツーリングカー選手権で常に上位を走る円熟の走りに加えてユニバーサルエンターテインメントからスポンサー支援を受けていた鈴木に資金難に陥っていたラルースチームが白羽の矢を立て、1993年のF1終盤2戦の日本GPオーストラリアGPにスポット参戦し、パワーに劣るマシンの為下位ながら2戦とも完走を果たした。なお、このラルースでのスポット参戦が実現したきっかけは、日産のグループCカーのテストでポール・リカール・サーキットを訪れた際に鈴木が「そういえばラルースチームはここから近いんだよね、ちょっとでいいからここでF1に乗せてもらえないかな」とコメントしていたことがジェラール・ラルースの耳まで届いた事で動き始め、9月のイタリアグランプリから参戦する可能性もあった。鈴木はモンツァでイタリアGPを現地視察し、直後にシート合わせとテスト走行を経ての日本GPデビューだった。ラルース・LH93に乗った感想を「今までいろいろなカテゴリーに乗ってきて、このF1の挙動が一番レーシングカートに似てましたね」と語った[3]。また、このスポット参戦では日産NISMO水野和敏が設計したパーツ類がラルースチームに持ち込まれ、いくつかは実際にラルース・LH93に搭載されたという[4]

1994年、日本人実業家と共同でパシフィックに資本参加する形で、ドライバーとして長期にわたってチームに関わる計画が立てられたが、テストドライブの段階に来て計画が頓挫した。同年秋には無限ホンダエンジンを搭載するチーム・ロータスF1日本GPでのスポット参戦交渉をしたと報じられるも、結果的にロータスのピーター・コリンズミカ・サロの起用を決めたため実現に至らなかった[5]。同時期には前年パイプが出来ていたラルースとも交渉し、翌'95年のレギュラシートも含めた参戦を模索していると報じられたが、ラルースが1995年開幕前にF1撤退となったため幻となった[6]

さらなる活躍

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世界三大レースの一つに数えられるル・マン24時間レースにもワークスやプライベートで多数参戦し、1999年には総合2位を獲得したほか、1992年デイトナ24時間レースでは、林義正と水野和敏が率いる日産自動車ワークスにて、星野一義長谷見昌弘と共に日本人ドライバーによる日本車初優勝を成し遂げた。

またの1995年には、デビューイヤーながら3勝を挙げた高木虎之介を抑え、全日本F3000選手権でシリーズチャンピオンを獲得した。なお全日本F3000はこの年限りで終了しフォーミュラ・ニッポンへと移行したため、鈴木が最後のチャンピオンとなった。

この他、1996年にはNASCARブッシュシリーズ、Meridian Advantage 200(ナザレス・スピードウェイ)にスポット参戦し、終盤にクラッシュしながらも33位でフィニッシュした[7]

2008年、東海大学工学部動力機械学科のル・マンプロジェクトよりル・マン24時間レースに参戦した。また、イギリスの自動車番組「トップギア」の特番「世界の国民車」では、ダイハツ・コペン(L880K型)でホンダ・カブに乗ったジェームズ・メイと、出前そばの配達で競争している。コペンが用意された経緯は「鈴木氏はスズキに乗りたくないだろう」とのことで、その件には苦笑していた。

2006年9月には、ディレクシブのモータースポーツ界からの撤退に伴い、同チームを引き継ぐ形でSUPER GTに参戦するR&D SPORTの新チームのチーム監督に就任した。林義正との交流は現在でも続き、東海大学StudyCarのドライバーを務めている。また、同車により採取されたデータを元に製作される東海大学のプロトタイプレーシングカーのドライバーも兼務する。

2009年からは日産公認のGT-Rをはじめとする国内外のスポーツカーのメンテナンス・チューニング等を行うサービス工場、「NordRing(ノルドリンク)」の代表を務めている。また65歳を超えても引退はしておらず、2021年にもスーパー耐久黒澤琢弥らとともにトヨタ・スープラで参戦している。

GT-Rへの関わり

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2004年から水野和敏の下で開発が始まった日産・GT-Rのテストドライバーを務めていた。2008年4月17日にドイツニュルブルクリンクにて7分29秒3という当時の市販車最速タイムを記録し、さらに2009年4月23日には7分26秒70まで記録を更新した。2010年10月1日は、2011年式GT-Rで7分24秒22を記録している。ただ2013年3月に水野が日産を退社したため、それに合わせる形で鈴木もテストドライバーを退いている[8]

シリーズ チーム レース 優勝 PP FL 表彰台 ポイント 順位
1977 全日本FJ1300選手権 ? 1 0 0 0 0 ? ?
1978 全日本FJ1300選手権 ? 3 0 0 0 3 ? ?
1979 日本F3チャレンジカップ UNI-PEXヒーローズ・レーシング 7 3 1 4 5 95 1位
1980 イギリスF3選手権 マーチ・エンジニアリング 7 0 0 0 0 0 NC
全日本F2選手権 UNI-PEXヒーローズ 1 0 0 0 0 0 NC
1981 イギリスF3選手権 マーチ・エンジニアリング 15 0 0 0 0 3 17位
1982 全日本F2選手権 UNI-PEXヒーローズ 3 0 0 0 0 2 22位
1983 全日本F2選手権 ixi:zウチダレーシング 5 0 0 0 0 9 13位
全日本耐久選手権 - C チーム・イクザワ 1 0 0 0 0 0 NC
世界耐久選手権 - C1 1 0 0 0 0 0 NC
1984 全日本F2選手権 MARTINIチーム・ルマン 8 0 0 0 1 30 8位
全日本耐久選手権 - C1 パナスポーツ・ジャパン 3 0 0 0 0 0 NC
世界耐久選手権 - C1 1 0 0 0 0 0 NC
1985 全日本ツーリングカー選手権 - Div.1 ミノルタ トムス 3 0 0 0 1 25 10位
全日本耐久選手権 - C1 童夢 5 0 0 0 1 29 13位
アルファキュービック・レーシング
ミサキスピード
世界耐久選手権 - C1 童夢 2 0 0 0 0 2 ?
ミサキスピード
1986 全日本ツーリングカー選手権 - Div.1 ミノルタ トムス 6 2 0 0 3 55 ?
全日本耐久会選手権 - C1 ミノルタ・トヨタ トムス 6 0 0 0 0 2 46位
トムス
世界スポーツプロトタイプカー選手権 - C1 童夢 2 0 0 0 0 0 NC
ミノルタ・トヨタ トムス
1987 全日本F3000選手権 EPSONヒーローズレーシング 9 1 0 0 2 72 5位
全日本ツーリングカー選手権 - Div.1 中嶋企画 6 0 0 0 3 55 3位
1988 全日本ツーリングカー選手権 - JTC-3 中嶋企画 5 2 0 0 3 56 ?
全日本スポーツプロトタイプカー選手権 - C1 パーソンズ・レーシングチーム w/CABIN 3 0 0 0 0 2 47位
NISMO
世界スポーツプロトタイプカー選手権 - C1 伊太利屋スポーツ・チームルマン 2 0 0 0 0 0 NC
パーソンズ・レーシングチーム w/CABIN
1989 全日本F3000選手権 CABIN RACING w/HEROES 8 0 0 0 0 1 17位
全日本ツーリングカー選手権 - JTC-3 無限スポーツ 6 2 0 0 3 52 3位
全日本スポーツプロトタイプカー選手権 - C1 NISMO 5 0 0 0 0 6 27位
世界スポーツプロトタイプカー選手権 - C1 1 0 0 0 0 10 31位
ル・マン24時間レース - C1 1 0 0 0 0 N/A DNF
1990 全日本F3000選手権 SUPER EVOLUTION RACING TEAM 9 0 0 0 0 0 NC
全日本ツーリングカー選手権 - JTC-1 ホシノレーシング 6 5 4 5 6 230 1位
全日本スポーツプロトタイプカー選手権 - C1 NISMO 5 1 0 0 3 67 4位
ル・マン24時間 - C1 1 0 0 0 0 N/A 5位
1991 全日本F3000選手権 UNIVERSAL RACING 10 0 0 0 0 4 15位
全日本ツーリングカー選手権 - JTC-1 ホシノレーシング 6 3 5 5 5 134 3位
全日本スポーツプロトタイプカー選手権 - C1 NISMO 7 3 0 0 5 87 2位
1992 全日本F3000選手権 UNIVERSAL RACING 11 2 0 1 4 30 2位
全日本スポーツプロトタイプカー選手権 - C1 NISMO 5 4 0 0 4 83 83
全日本スポーツプロトタイプカー選手権 - C 1 0 0 0 0 10 6位
デイトナ24時間レース - LM 1 1 0 0 1 N/A 1位
1993 全日本F3000選手権 UNIVERSAL RACING 9 1 0 0 2 22 5位
全日本ツーリングカー選手権 - JTC-1 NISMO 8 1 1 2 5 106 3位
ル・マン24時間 - C トヨタ・チーム・トムス 1 0 0 0 0 N/A 4位
鈴鹿1000km - C1 伊太利屋チーム・ルマン 1 1 0 0 1 N/A 1位
フォーミュラ1 ラルースF1 2 0 0 0 0 0 NC
1994 全日本F3000選手権 MIRAI CORPORATION 2 0 0 0 0 1 15位
全日本GT選手権 - GT1 TEAM ZEXEL 5 0 0 0 1 27 10位
1995 全日本F3000選手権 ホシノレーシング 8 2 1 2 5 34 1位
全日本ツーリングカー選手権 NISMO 14 0 0 0 0 16 17位
全日本GT選手権 - GT1 6 0 0 0 2 58 3位
鈴鹿1000km - GT1 1 0 0 0 0 N/A DNF
ル・マン24時間 - GT 1 0 0 0 0 N/A DNF
十勝24時間 - GT-1 ハセミモータースポーツ 1 0 0 0 0 N/A 4位
1996 フォーミュラ・ニッポン かもめサービスRACING TEAM w/IMPUL 10 0 1 0 1 7 12位
全日本GT選手権 - GT500 KUREレーシングチーム w/NISMO 6 0 0 0 1 27 11位
ル・マン24時間 - GT1 NISMO 1 0 0 0 0 N/A 10位
NASCARブッシュシリーズ ジョー・ベッシー・モータースポーツ 1 0 0 0 0 33 96位
1997 フォーミュラ・ニッポン かもめサービス w/MIRAI 10 0 0 0 0 3 15位
全日本GT選手権 - GT500 TOYOTA Castrol TEAM 6 0 1 1 4 64 3位
1998 全日本GT選手権 - GT500 TOYOTA Castrol TEAM TOM'S 6 0 0 0 1 26 9位
ル・マン24時間 - GT1 トヨタ・モータースポーツ 1 0 0 0 0 N/A 8位
1999 全日本GT選手権 - GT500 TOYOTA Castorl TEAM TOM'S 7 0 1 0 2 38 9位
スーパー耐久 - ClassN+ KRAFT 1 0 0 0 0 ? ?
ル・マン24時間 - LMGTP トヨタ・モータースポーツ 1 1 0 0 1 N/A 1位
ル・マン富士1000km - LMGTP 1 1 1 1 1 N/A 1位
2000 全日本GT選手権 - GT500 TOYOTA Castrol TEAM TOM'S 7 0 0 0 0 7 21位
スーパー耐久 - ClassN+ Alfa Corse 6 0 0 0 0 ? ?
デイトナ24時間 - GTU クラブ・イエローマジック 1 0 0 0 0 N/A DNF
2001 スーパー耐久 - ClassN+ Alfa Corse 4 0 0 0 0 ? ?
デイトナ24時間 - GT クラブ・イエローマジック 1 0 0 0 0 N/A 17位
2008 ル・マン24時間 - LMP1 東海大学YGKパワー 1 0 0 0 0 N/A DNF
2012 ニュルブルクリンク24時間 - SP8T チーム・日産GT-R 1 0 0 0 1 N/A 2位
2019 スーパー耐久 - ST-TCR RFCレーシング 1 0 0 0 1 58 8位‡
2021 スーパー耐久 - ST-Z CLOSE UP RACING 5 0 0 1 1 54 6位‡
  • ‡チーム順位

レース戦績

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フォーミュラ

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マシン 1 2 3 4 5 6 7 順位 ポイント
1977年 マーチ・743 SUZ FSW
SUZ
SUZ
SUZ
SUZ
SUZ
7
1978年 ノバ・513 SUZ
2
TSU
FSW
2
TSU
SUZ
TSU
SUZ
3

日本フォーミュラ3チャレンジカップ

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チーム シャーシ エンジン タイヤ 1 2 3 4 5 6 7 順位 ポイント
1979年 UNI-PEX ヒーローズレーシング ラルト・RT-1 トヨタ・2T-G B SUZ
4
FSW
2
TSU
1
FSW
16
SUZ
1
NIS
1
SUZ
2
1位 95

イギリス・フォーミュラ3選手権

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チーム シャシー エンジン タイヤ 車番 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 順位 ポイント
1980年 マーチ マーチ・803 アルファロメオ 12 SIL THR BRH THR SIL THR SNE SIL CAD SIL
9
BRH
10
SIL
8
BRH
15
NC 0
トヨタ・2T-G Nova OUL
10
SIL
Ret
SIL
11
MAR SIL OUL THR
1981年 マーチ マーチ・813 トヨタ・2T-G B 11 SIL
8
THR
9
SIL
9
MAR
Ret
THR
7
THR
10
SNE
8
SIL
20
CAD SIL
12*
SIL
Ret
BRH
Ret
SIL
5
MAR
16
OUL
6
SIL
Ret
OUL SIL SNE THR THR 17位 3
  • * : ヨーロッパF3選手権との合同レース

全日本F2選手権/全日本F3000選手権/フォーミュラ・ニッポン

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チーム シャシー エンジン タイヤ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 順位 ポイント
1980年 UNI-PEX ヒーローズ マーチ・792 BMW B SUZ NIS SUZ SUZ C SUZ
ret
SUZ NC 0
1982年 UNI-PEX ヒーローズ ローラ・T850 B SUZ
FSW
SUZ
SUZ
Ret
SUZ
9
SUZ
12
22位 2
1983年 ixi:z ウチダレーシング マーチ・832
マーチ・822
D SUZ FSW NIS SUZ
Ret
SUZ
6
FSW
Ret
SUZ
9
SUZ
10
13位 9
1984年 MARTINI チームルマン マーチ・842 B SUZ
5
FSW
8
NIS
3
SUZ
7
SUZ
9
FSW
Ret
SUZ
10
SUZ
Ret
8位 30
1987年 EPSON ヒーローズレーシング マーチ・87B ホンダ B SUZ
3
FSW
Ret
MIN
1
SUZ
5
SUZ
6
SUG
8
FSW
2
SUZ
Ret
SUZ
5
5位 72
1989年 CABIN RACING with HEROES レイナード・88D
レイナード・89D
コスワース B SUZ
7
FSW
Ret
MIN
12
SUZ
13
SUG
8
FSW
20
SUZ
17
SUZ
6
17位 1
1990年 SUPER EVOLUTION RACING TEAM ローラ・T89-50
ローラ・T90-50
無限 Y SUZ
20
FSW MIN
14
SUZ
11
SUG
8
FSW
11
FSW
Ret
SUZ
22
FSW
11
SUZ
12
NC 0
1991年 UNIVERSAL RACING ローラ・T90-50
ローラ・T91-50
コスワース Y SUZ
11
AUT
DNS
FSW
8
MIN
5
SUZ
5
SUG
9
FSW
DNQ
SUZ
11
FSW
C
SUZ
12
FSW
11
15位 4
1992年 ローラ・T91-50
ローラ・T92-50
B SUZ
Ret
FSW
Ret
MIN
Ret
SUZ
7
AUT
Ret
SUG
2
FSW
2
FSW
1
SUZ
17
FSW
1
FSW
Ret
2位 30
1993年 ローラ・T92-50
ローラ・T93-50
B SUZ
6
FSW
4
MIN
Ret
SUZ
Ret
AUT
C
SUG
4
FSW
C
FSW
1
SUZ
3
FSW
5
SUZ
Ret
5位 22
1994年 MIRAI CORPORATION ローラ・T93-50 B SUZ
7
FSW
6
MIN SUZ SUG FSW SUZ FSW FSW SUZ 15位 1
1995年 HOSHINO RACING ローラ・T94-50 無限 B SUZ
5
FSW
C
MIN
2
SUZ
1
SUG
Ret
FSW
3
TOK
6
FSW
3
SUZ
1
1位 34(35)
1996年 かもめサービス RACING with IMPUL ローラ・T96-52 B SUZ
18
MIN
Ret
FSW
12
TOK
11
SUZ
9
SUG
10
FSW
7
MIN
4
SUZ
3
FSW
Ret
12位 7
1997年 かもめサービス with MIRAI レイナード・96D
レイナード・97D
B SUZ
8
MIN
5
FSW
7
SUZ
Ret
SUG
4
FSW
16
MIN
9
TRM
8
FSW
Ret
SUZ
9
13位 5

フォーミュラ1

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チーム 車番 ランキング 獲得ポイント 出走回数 決勝最高位・回数 表彰台回数 予選最高位・回数 FL回数
1993年 ラルース 19 NC 0 2回 12位・1回 0回 23位・1回 0回
通算:1年 0 2回 12位・1回 0回 23位・1回 0回
チーム シャシー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 WDC ポイント
1993年 ラルース LH93 RSA BRA EUR SMR ESP MON CAN FRA GBR GER HUN BEL ITA POR JPN
12
AUS
14
NC 0

ツーリングカー

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全日本ツーリングカー選手権(JTC)

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チーム コ.ドライバー 使用車両 タイヤ クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 順位 ポイント
1985年 ミノルタ トムス 日本の旗 関谷正徳 トヨタ・カローラ B DIV.1 SUG TSU NIS
3
SUZ
4
FSW
8
1986年 日本の旗 関谷正徳 B DIV.1 NIS
2
SUG
Ret
TSU
1
SEN
1
FSW
Ret
SUZ
Ret
1987年 EPSON Nakajima 日本の旗 佐藤浩二 ホンダ・シビック B DIV.1 NIS
3
SEN
4
TSU
2
SUG
8
FSW
Ret
SUZ
2
1988年 オロナミンC Nakajima 日本の旗 佐藤浩二 B JTC-3 SUZ NIS
1
SEN
3
TSU
7
SUG
1
FSW
Ret
1989年 無限 日本の旗 中子修 B JTC-3 NIS
1
SEN
3
TSU
Ret
SUG
1
SUZ
Ret
FSW
Ret
3位
1990年 ホシノレーシング 日本の旗 星野一義 日産・スカイラインGT-R B JTC-1 NIS
1
SUZ
1
TSU
2
SEN
1
AUT
1
FSW
1
1位 230
1991年 日本の旗 星野一義 B JTC-1 SUG
1
SUZ
Ret
TSU
3
SEN
1
AUT
2
FSW
1
3位 174
1993年 NISMO 日本の旗 飯田章 B JTC-1 MIN
5
AUT
5
SUG
3
SUZ
5
TAI
2
TSU
1
TOK
2
SEN
5
FSW
3
3位 106

全日本ツーリングカー選手権(JTCC)

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チーム 使用車両 タイヤ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 順位 ポイント
1995年 NISMO 日産・サニー B FSW1 FSW2 SUG1
23
SUG2
Ret
TOK1
11
TOK2
6
SUZ1
7
SUZ2
21
MIN1
Ret
MIN2
Ret
TAI1
21
TAI2
14
SEN1
8
SEN2
7
FSW1
NC
FSW2
Ret
17位 16

グランドツーリング

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全日本GT選手権

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チーム コ.ドライバー 使用車両 タイヤ クラス 1 2 3 4 5 6 7 順位 ポイント
1994年 ZEXEL NISMO 日産・スカイラインGT-R B GT1 FSW
Ret
SEN
6
FSW
6
SUG
2
MIN
Ret
10位 27
1995年 Johnson NISMO 日本の旗 飯田章(Rd.1-3) B GT1 SUZ
2
FSW
4
SEN
6
FSW
2
SUG
5
MIN
7
3位 58
1996年 KURE 5-56 NISMO 日本の旗 近藤真彦 B GT500 SUZ
6
FSW
Ret
SEN
17
FSW
5
SUG
3
MIN
10
11位 27
1997年 TOYOTA Castrol TEAM 日本の旗 関谷正徳 トヨタ・スープラ B GT500 SUZ
3
FSW
6
SEN
3
FSW
3
MIN
3
SUG
4
3位 64
1998年 TOYOTA Castrol TEAM TOM'S イギリスの旗 ケルビン・バート D GT500 SUZ
7
FSW
C
SEN
6
FSW
11
TRM
Ret
MIN
10
SUG
2
9位 26
1999年 日本の旗 片山右京 M GT500 SUZ
3
FSW
4
SUG
11
MIN
2
FSW
15
TAI
15
TRM
10
9位 38
2000年 日本の旗 荒聖治 M GT500 TRM
9
FSW
Ret
SUG
8
FSW
14
TAI
12
MIN
9
SUZ
12
21位 7

全日本GT選手権(ノン・チャンピオンシップ戦)

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チーム コ.ドライバー 使用車両 タイヤ クラス 1 2
1996年 KUREレーシングチーム w/NISMO 日本の旗 近藤真彦 日産・スカイラインGT-R B GT500 CEN
10
1997年 TOYOTA Castrol TEAM 日本の旗 舘信吾 トヨタ・スープラ B GT500 TRM
1

3
TRM
2

2
1998年 TOYOTA Castrol TEAM TOM'S イギリスの旗 ケルビン・バート D GT500 TAI
6
1999年 日本の旗 片山右京 M GT500 AUT
Ret

スポーツカー

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全日本耐久選手権/全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権

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所属チーム コ.ドライバー 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 順位 ポイント
1983年 チームイクザワ イギリスの旗 ジェフ・リース
アイルランドの旗 デレック・デイリー
トムス・83C/トヨタ C SUZ SUZ FSW
DNS
NC 0
1984年 パナスポーツ・ジャパン 日本の旗 中子修 LM・04C/日産 C1 SUZ
Ret
TSU SUZ
Ret
FSW
Ret
NC 0
1985年 童夢 イギリスの旗 ジェフ・リース
スウェーデンの旗 エイエ・エリジュ
童夢・85C/トヨタ C1 SUZ FSW
6
13位 29
アルファキュービック・レーシング 日本の旗 高原敬武
日本の旗 戸谷千代三
ポルシェ・956 FSW
5
SUZ
8
FSW
3
ミサキスピード 日本の旗 星野薫 トムス・85C/トヨタ FSW
/7/
1986年 ミノルタ トヨタ・トムス 日本の旗 小河等 C1 SUZ
9
2
日本の旗 小河等
日本の旗 星野薫 (Rd.5)
トムス・86C/トヨタ FSW
24
FSW
Ret
トムス イギリスの旗 ジェフ・リース
日本の旗 関谷正徳
FSW
Ret
FSW
Ret
SUZ
Ret
1988年 パーソンズ・レーシング with CABIN 日本の旗 和田孝夫 (Rd.3)
スウェーデンの旗 アンデルス・オロフソン (Rd.3)
日本の旗 森本晃生 (Rd.6)
日産・R86V C1 FSW SUZ FSW
9
FSW FSW
Ret
47位 2
NISMO 日本の旗 星野一義
日本の旗 高橋健二
日産・R88C SUZ
Ret
1989年 日本の旗 星野一義 C1 FSW
Ret
FSW
6
27位 6
日本の旗 星野一義 日産・R89C FSW
Ret
SUZ
DNS
FSW
Ret
1990年 日本の旗 星野一義 日産・R90CP C1 FSW
4
FSW
C
FSW
3
SUZ
1
SUG
4
FSW
2
4位 67
1991年 日本の旗 星野一義 日産・R91CP C1 FSW
1
FSW
1
FSW
2
SUZ
Ret
SUG
11
FSW
1
SUG
3
2位 87
1992年 日本の旗 星野一義
日本の旗 和田孝夫
日産・R92CP C1 SUZ
9
FSW
1
FSW
1
SUG
1
FSW
1
2位 83
アメリカ合衆国の旗 ジェフ・クロスノフ 日産・NP35 C MIN
4
6位 10
1993 伊太利屋 チーム・ルマン 日本の旗 和田孝夫 日産・R92CP C1 FSW
C
TOK
C
SUZ
1
SUG
C
FSW
C
MIN
C
NC NC

ル・マン24時間レース

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チーム コ・ドライバー 使用車両 クラス 周回 総合順位 クラス順位
1985年 日本の旗 童夢 スウェーデンの旗 エイエ・エリジュ
イギリスの旗 ジェフ・リース
童夢・85C-L-トヨタ C1 141 DNF DNF
1986年 スウェーデンの旗 エイエ・エリジュ
イタリアの旗 ベッペ・ガビアーニ
童夢・86C-L-トヨタ C1 296 DNF DNF
1988年 日本の旗 伊太利屋スポーツ
日本の旗 チーム・ルマン
フランスの旗 ミシェル・トロレ
アメリカ合衆国の旗 ダニー・オンガイス
マーチ・88S-日産 C1 74 DNF DNF
1989年 日本の旗 NISMO 日本の旗 星野一義
日本の旗 長谷見昌弘
日産・R89C C1 167 DNF DNF
1990年 日本の旗 星野一義
日本の旗 長谷見昌弘
日産・R90CP C1 348 5位 5位
1993年 日本の旗 トヨタ・チーム・トムス イギリスの旗 エディ・アーバイン
日本の旗 関谷正徳
トヨタ・TS010 C1 364 4位 4位
1995年 日本の旗 NISMO 日本の旗 星野一義
日本の旗 影山正彦
日産 NISMO・GT-R LM GT1 157 DNF DNF
1996年 日本の旗 星野一義
日本の旗 長谷見昌弘
GT1 307 15位 10位
1998年 日本の旗 トヨタ・モータースポーツ 日本の旗 片山右京
日本の旗 土屋圭市
トヨタ・GT-One GT1 326 9位 8位
1999年 日本の旗 片山右京
日本の旗 土屋圭市
LMGTP 364 2位 1位
2000年 日本の旗 テレビ朝日 チーム・ドラゴン 日本の旗 影山正彦
日本の旗 影山正美
パノス・LMP-1 ロードスター-S LMP900 340 6位 6位
2008年 日本の旗 東海大学
日本の旗 YGKパワー
日本の旗 黒澤治樹
日本の旗 影山正美
クラージュ-オレカ・LC70-YGK LMP1 185 DNF DNF

デイトナ24時間レース

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チーム コ・ドライバー 使用車両 クラス 周回 総合順位 クラス順位
1992年 日本の旗 NISMO 日本の旗 長谷見昌弘
日本の旗 星野一義
スウェーデンの旗 アンデルス・オロフソン
日産・R91CP LM 762 1位 1位
2000年 日本の旗 クラブイエローマジック 日本の旗 高橋毅
スウェーデンの旗 アンデルス・オロフソン
カナダの旗 ヴァン・ピーター・ハンソン
アメリカ合衆国の旗 トミー・リギンス
フェラーリ・F355 GTU 164 DNF DNF
2001年 日本の旗 高橋毅
日本の旗 山路慎一
日本の旗 密山祥吾
GT 543 30位 17位

関連項目

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  1. 「好調リースは全員からマークされる存在/28・鈴木利男」『鈴鹿グレート20レーサーズ1983 公式プログラム』日本自動車連盟/ホンダランド、1983年9月25日、14頁。
  2. 1987年5月10日いまや幻となった西日本サーキットでの「セピア色の記憶・第7幕」ミラージュCUP「名人の部」第2戦&F3000オールスターレース 正岡貞雄ベストモータリングを創った男のブログ つれづれなるままにクルマ一代 2013年3月17日
  3. 第3の日本人・鈴木利男 走り慣れた鈴鹿で期待大! (高橋二朗) F1日本グランプリ公式プログラム 81頁 鈴鹿サーキットランド 1993年10月発行
  4. 日産NP35&R390GT1 Racing On No.516 三栄
  5. オートスポーツ NO.668 1994年12/1号 20頁「特集'94鈴鹿、日本人ドライバーの可能性」 三栄書房
  6. '94-'95最新ストーブリーグ情報 F1グランプリ特集 vol.64 51頁 1994年10月16日発行
  7. Toshio Suzuki - Stock Car Racing Wiki
  8. 元日産GT-R開発責任者、水野和敏氏に聞く「日産GT-Rの真実」(前編) - CAR Watch・2013年7月4日

外部リンク

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タイトル
先代
―――
全日本F3選手権
1979年
次代
佐々木秀六
先代
マルコ・アピチェラ
全日本F3000選手権
1995年
次代
ラルフ・シューマッハ