細腰鼓
細腰鼓(さいようこ)は、胴の中央部が細くくびれた鼓の総称である[1]。撥または手で打つ鼓類で、インドに起こり、中国を経て上代の日本に伝来したとされる[1]。日本の雅楽では、古代に伝来した唐楽用の細腰鼓が、小さいものから順に壱鼓、二鼓、三鼓、四鼓などと呼ばれた[2]。
日本では、雅楽の壱鼓・三ノ鼓などのほか、能楽の大鼓・小鼓なども細腰鼓に含めて説明されることがある[1]。本項では、主として東アジアの細腰鼓類と、日本雅楽における壱鼓・二鼓・三鼓・四鼓の体系について述べる。
概要
[編集]細腰鼓は、胴の中央部が細くくびれた形状をもつ鼓型の打楽器である[1]。胴の両端に革を当て、調緒などで締める鼓類の形式に属し、撥で打つものと手で打つものがある[1]。名称は、胴の中央部が細くくびれた形状に基づく。
東アジアの音楽史では、細腰鼓は腰鼓とも関係する。腰鼓は、中国・日本の細腰鼓の別称として説明されることがあり、古代インドのものが中央アジアを経て中国南北朝期に流伝したと考えられている[3]。中国唐代の史料には、腰鼓と細腰鼓の双方の名称が見えるとされる[3]。
日本の雅楽においては、奈良時代に唐楽用の細腰鼓が伝来し、壱鼓、二鼓、三鼓、四鼓などの種類に分けられた[2]。このうち壱鼓、二鼓、三鼓は古楽鼓とも呼ばれ、初期には三種一組で用いられたとされる[4]。現在の雅楽で用いられる細腰鼓としては、主に高麗楽に用いられる三ノ鼓が知られる[5]。
名称と形状
[編集]「細腰」とは、鼓の胴の中央が細くくびれた形状であることを指す[1]。現代の雅楽の三ノ鼓も、胴の中心がくびれた鼓型の楽器であり、壱鼓、二鼓、三ノ鼓、四鼓などに分けられた細腰鼓の一種とされる[5]。
壱鼓についての説明では、2枚の革を胴の両端に当て、調緒で締め、鼓胴に紐をつけて奏者の首からかけるものとされる[2]。一方、唐代の腰鼓については、腰のあたりに下げて両手で打つ楽器として紹介される例がある[6]。
細腰鼓と腰鼓は重なり合う概念として説明されることがあるが、用語の範囲は文脈によって異なる。日本雅楽における壱鼓・二鼓・三鼓・四鼓を説明する場合には「細腰鼓」が用いられることが多く、中国音楽史や東アジア音楽史の文脈では「腰鼓」の語も用いられる[3]。
東アジアへの伝播
[編集]細腰鼓は、古代インドに起こり、中国を経て日本に伝来したものとされる[1]。腰鼓についての解説では、古代インドの細腰鼓が中央アジアを経て中国南北朝期に他の西域楽器とともに流伝したと考えられている[3]。
中国では、隋・唐代に細腰鼓類が宮廷音楽や外来音楽と結びつき、腰鼓、都曇鼓、毛員鼓、一鼓、二鼓、三鼓、四鼓、杖鼓などの名称があったとされる[2]。これらの楽器名は、中国における外来音楽の受容や、唐代宮廷音楽における打楽器の多様性と関係する。
唐代の腰鼓については、国立故宮博物院所蔵とされる楽器を例に、細腰鼓とも呼ばれること、腰のあたりに下げて両手で打つことが紹介されている[6]。唐代の宮廷音楽には多様な鼓類があり、羯鼓などは唐代宮廷音楽と日本雅楽との関係を考えるうえで重要な楽器として扱われる[6]。
中国における細腰鼓類
[編集]中国音楽史上の細腰鼓類には、腰鼓、都曇鼓、毛員鼓、一鼓、二鼓、三鼓、四鼓、杖鼓などが含まれる[2]。これらは、中央アジア・インド系の楽器文化を背景として中国に伝えられ、隋・唐代の音楽文化の中で用いられた。
腰鼓は、細腰鼓の別称として説明されることがあり、中国唐代の史料には腰鼓・細腰鼓の双方の名称が見える[3]。また、杖鼓は撥で打つ鼓として説明され、革面の素材に異種の皮を用いる例が挙げられる[2]。
これらの細腰鼓類は、宋代以後には衰えたとされる[2]。日本では、唐楽・高麗楽の雅楽器として壱鼓・二鼓・三鼓・四鼓などの細腰鼓類が伝えられたほか、伎楽でも腰鼓が用いられたとされる[2][6]。
日本雅楽における細腰鼓
[編集]日本の雅楽における細腰鼓は、唐楽・高麗楽・舞楽の歴史と関係する。奈良時代に伝来した唐楽用の細腰鼓は、大きさによって壱鼓、二鼓、三鼓、四鼓などに区別された[2]。
三ノ鼓は、胴の中心がくびれた鼓型の楽器であり、壱鼓、二鼓、三ノ鼓、四鼓などに分けられた細腰鼓の一種である[5]。現在の雅楽で実際に用いられる細腰鼓として、主に高麗楽に用いられる[5]。
雅楽における細腰鼓類は、現行の合奏に残るものと、楽器史・舞楽史上の用語として伝えられるものに分かれる。三ノ鼓は現行の高麗楽で用いられる一方、二鼓と四鼓は現在伝わっていない楽器とされる[7][8]。壱鼓は楽器名であると同時に舞楽曲名としても伝えられ、後代には羯鼓による代用も行われたとされる[2]。
日本雅楽における細腰鼓類の一覧
[編集]日本雅楽における細腰鼓類は、壱鼓、二鼓、三鼓、四鼓などに区別された[2]。三ノ鼓はこの分類に含まれる楽器であり、現行雅楽では主に高麗楽に用いられる[5]。
| 名称 | 別表記 | 体系上の位置づけ・用途 | 伝存状況 |
|---|---|---|---|
| 壱鼓 | 一鼓 | 細腰鼓の最小のもので、奈良時代に伝来した唐楽用の細腰鼓の一つに位置づけられる[2]。舞楽曲「一鼓」の名称でもあり、舞人が鼓を首または胸にかけて舞う[9]。 | 楽器名・舞楽曲名として伝えられる。後代には羯鼓で代用されることがある[2]。 |
| 二鼓 | 二ノ鼓、二の鼓 | 壱鼓と三鼓の中間に位置する細腰鼓で、奈良時代には唐楽に、平安時代以後は高麗楽に用いられたとされる[7]。舞楽曲「一鼓」では一鼓とともに用いられる[9]。 | 現在は伝存しない[7]。 |
| 三鼓 | 三ノ鼓 | 壱鼓・二鼓・四鼓とともに細腰鼓類に属し、現行雅楽では主に高麗楽に用いられる[5]。高麗楽では高麗笛とともに中心的な役割を果たす楽器とされる[5]。 | 現行雅楽で用いられる。 |
| 四鼓 | 四ノ鼓、四の鼓 | 三鼓より大きい細腰鼓で、壱鼓・二鼓・三鼓とともに古代雅楽の細腰鼓類として説明される[8]。現行雅楽では用いられていない。 | 現在は伝存しない[8]。 |
壱鼓・一鼓
[編集]壱鼓は、細腰鼓のうち最も小さいものとされる[2]。一鼓とも書き、楽器としては、胴の中央がくびれた砂時計型の鼓で、2枚の革を胴に当て、調緒で締める[2]。胴には紐をつけ、奏者の首からかけて用いる[2]。
奈良時代に伝来した唐楽用の細腰鼓の一つであり、壱鼓、二鼓、三鼓、四鼓という大小分類の最小のものに位置づけられる[2]。壱鼓、二鼓、三鼓は古楽鼓と呼ばれ、初期には三種一組で用いられたとされる[4]。
壱鼓は、楽器名であると同時に舞楽曲名でもある。舞楽曲としての一鼓は、一曲とともに「雑楽」とされる特殊な曲で、2人の舞人のうち一人が一鼓を、もう一人が二鼓を首または胸にかけ、裹頭楽を伴奏として舞う[9]。
平安時代以後、古楽には一鼓、新楽には羯鼓を用いる形がみられ、現在では一鼓の代わりに羯鼓を用いることがある[2]。この場合の奏法は「壱鼓打ち」または「壱鼓搔き」と呼ばれる[2]。
二鼓・二ノ鼓
[編集]二鼓(にこ、二ノ鼓)は、細腰鼓の一種であり、壱鼓より大きく三鼓より小さい楽器である[7]。奈良時代には唐楽に用いられ、平安時代以後は高麗楽に用いられたが、現在は伝存しない[7]。
二鼓は、壱鼓、三鼓とともに古楽鼓とされる[4]。また、舞楽曲としての一鼓では、2人の舞人のうち一人が一鼓を、もう一人が二鼓を首または胸にかけて舞うとされる[9]。このため二鼓は、細腰鼓の体系上だけでなく、舞楽曲「一鼓」の構成にも関係する楽器である。
三鼓・三ノ鼓
[編集]三鼓(三ノ鼓)は、細腰鼓の一種で、現在の雅楽では主に高麗楽に用いられる[5]。高麗楽では、高麗笛とともに中心的な役割を果たす楽器とされる[5]。
羯鼓と三ノ鼓はいずれも演奏の流れを統率する役割を担うが、羯鼓が唐楽系の舞楽と管絃に用いられるのに対し、三ノ鼓は高麗楽に用いられる[10]。
三ノ鼓は現行雅楽に残る細腰鼓として、壱鼓・二鼓・四鼓と異なる位置を占める。
四鼓・四ノ鼓
[編集]四鼓(しこ、四ノ鼓・四の鼓)は、細腰鼓の一種で、三鼓より大きいものとされる[8]。古代の雅楽器の一つであるが、現在は伝存しない打楽器とされる[8]。
四鼓は、壱鼓、二鼓、三鼓とともに、古代に伝来した細腰鼓類の最大長である。中国音楽史上においても、隋・唐代の細腰鼓類として一鼓、二鼓、三鼓、四鼓などが挙げられる[2]。
古楽鼓
[編集]古楽鼓(こがくこ)は、奈良時代に日本へ伝来した唐楽用の細腰鼓のうち、壱鼓、二鼓、三鼓を指す語である[4]。これらは初期には三種一組で用いられたとされる[4]。
古楽鼓という分類は、細腰鼓が単に形状上の楽器分類であるだけでなく、日本雅楽における古い唐楽受容と関係する楽器群であったことを示す。平安時代には、古楽には一鼓を、新楽には羯鼓を用いるようになったとされ、後代には一鼓の代わりに羯鼓を用いることもあった[2]。
現存・伝存状況
[編集]日本雅楽に伝わった細腰鼓類のうち、現在の雅楽で実際に用いられる楽器としては三ノ鼓が代表的である[5]。三ノ鼓は高麗楽に用いられ、演奏の流れを統率する役割を担う[10]。
壱鼓は、楽器名としてだけでなく、舞楽曲名としても伝えられる[9]。ただし、現在では一鼓の代わりに羯鼓を用いることがある[2]。二鼓および四鼓は、現在には伝承されていない[7][8]。
関連する楽器・芸能
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細腰鼓に関連する楽器には、壱鼓、二鼓、三ノ鼓、四鼓のほか、羯鼓、奚婁鼓、振鼓などがある。羯鼓は、唐楽系の舞楽と管絃に用いられ、演奏の開始や終止などを示す役割を担う[10]。一方、三ノ鼓は高麗楽に用いられ、羯鼓と同様に演奏の流れを統率する役割を持つ[10]。
舞楽曲としての一鼓や一曲では、舞人が鼓類を身につけて舞う点に特徴がある。一鼓では一鼓と二鼓が用いられ[9]、一曲では奚婁鼓、振鼓、一鼓などが用いられる[11]。
また、広義の細腰鼓には、能楽の大鼓・小鼓なども含めて説明されることがある[1]。
朝鮮半島の伝統打楽器であるチャングは、胴の中央がくびれた砂時計型の両面太鼓である。
脚注
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 8 “細腰鼓”. コトバンク. 株式会社ビジネスアーキテクト. 2026年5月16日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 “壱鼓”. コトバンク. 株式会社ビジネスアーキテクト. 2026年5月16日閲覧。
- 1 2 3 4 5 “腰鼓”. コトバンク. 株式会社ビジネスアーキテクト. 2026年5月16日閲覧。
- 1 2 3 4 5 “古楽鼓”. コトバンク. 株式会社ビジネスアーキテクト. 2026年5月16日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 “楽器図鑑 三ノ鼓”. 文化デジタルライブラリー. 日本芸術文化振興会. 2026年5月16日閲覧。
- 1 2 3 4 “文物が語る音の世界―唐代の鼓―”. 天理大学. 2026年5月16日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 “二の鼓”. コトバンク. 株式会社ビジネスアーキテクト. 2026年5月16日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 “四の鼓”. コトバンク. 株式会社ビジネスアーキテクト. 2026年5月16日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 “一鼓”. コトバンク. 株式会社ビジネスアーキテクト. 2026年5月16日閲覧。
- 1 2 3 4 “鞨鼓/三ノ鼓”. 文化デジタルライブラリー. 日本芸術文化振興会. 2026年5月16日閲覧。
- ↑ “一曲”. コトバンク. 株式会社ビジネスアーキテクト. 2026年5月16日閲覧。